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親子関係 インナーチャイルド アダルトチルドレンなど、悩み相談。浜松市の 心理カウンセリング サロン コリトル 。 その他人間関係,仕事,夫婦,離婚,不倫,恋愛,依存,不安,絶望,対人恐怖,生きづらい,死にたいなどのお悩みを解決したい時、誰かに話を聞いてもらいたい時に。

 
こちら浜松は、春一番のような強い風と、
 
春雨のような長い雨が止み、穏やかに晴れていますが、
 
そちらは、いかがでしょうか?
 
(^_^)
 
 
 
前回、
 
 
・ボクは、「お父さんを助けるためだよ」という
 声ならぬ声に、胸を打たれ、娘の愛に気づいた。
 
・「ボクが娘を」愛していたのではなく、
 「娘がボクを」愛していた。
 
・「娘から愛されていることに気づけた」喜びは
 「お金以上のシアワセ」だった。
 
・その結果、ボクは、お金の奴隷から抜け出せた。
 
・娘の愛は、派手でもなく、刺激的でもなく、
 興奮をもたらすものではなかった。
 だから、気づくのが難しかった。
 
・つまり、子どもの愛は、静かに,とうとうと,脈々と,
 永続的なシアワセをもたらしてくれている、
 太陽や、星、月、海、山のような存在だった。
 
・それは、豪華な料理や、高級な豪邸、高級車などとは次元の異なる、
 静寂で永遠的なシアワセを与えてくれるものだった。
 
 
などとお伝えしました。
 
 
 
そして、その経験は、さらに、
 
ボクの罪悪感や自己否定感をも、
 
癒やすことになります
 
 
 
 
     
罪悪感や自己否定感が消えた  
 
 
 
それまで、僕は、
 
強い罪悪感や自己否定感を持っていました。
 
 
例えば、
 
・自分は悪い人間 ・自分はダメな人間
 
・自分は価値のない人間
 
・自分はいないほうが良い
 
・自分は死んだほうが良い
 
などの気持ちを、潜在的に持っていました。
 
 
しかし、
 
「愛していたのはボクではなく、娘がボクを愛していたのだ」と、
 
娘のことを肯定できるようになると、
 
ボクのココロの罪悪感・自己否定感も消えていきました。  
 
 
完全にではないですが、
 
必要以上に自分を責めたり、否定したり、
 
ダメ出ししたり、しなくなりました。
 
 
 
          
罪悪(感)の原因は、親不孝(感)  
 
 
  では、なぜ、
 
「娘を肯定できたこと」が、
 
「僕の罪悪感や自己否定感を消すこと」になったのか?
 
 
というと、
 
「親不孝感が消えたから」
 
なのだと思います。
 
 
 
つまり、
 
 
・自分はなぜ、悪い人間なのか?
 それは親不孝だから。
 
・自分はなぜ、ダメなのか?
 それも親不孝だから。
 
・自分に価値がない理由も、
 親の期待に応えられなかったから。
 
・自分が死んだほうが良い理由も、
 親の望みに反したから。
 
 
という風に、
 
罪悪感や自己否定感の原因が、
 
親不孝感から来ていたからなのだと思います。    
 
 
 
 
子どもの頃のボクを肯定できたから    
 
 
 
つまり、 ボクが、娘の愛を肯定できたことで、
 
ボクは、子どもの愛を肯定できるようになりました
 
 
そして、それは、
 
【子どもの頃のボクを肯定することになった】
 
のだと思います。
 
 
具体的には、
 
親の期待に応えなかったボクを肯定でき、
 
親の意に反したボクを否定しなくなったのだと思います。
 
 
そして、
 
・結果的に、期待には応えられなかったけれど、
ボクは、親の期待に応えようとして生きてきた
 
・結果的に、親を悲しませてしまったかもしれないけれど、
ボクは、親の不幸を願って生きてきたわけではない。
 
と、 【親のシアワセを祈って生きてきたボク】を
 
肯定できるようになった
 
 
だから、 ボクの罪悪感・自己否定感も、
 
消えていったのだと思います。          
 
 
 
 
ボクもボクなりに親を愛してきた      
 
 
 
       
 
 
 
つまり、ボクは
 
「お寿司キライ!」「風船欲しい!」みたいなことを言って、
 
親の期待に背き、親を困らせ、親を悲しませてしまった。  
 
 
 
けれど「お寿司キライ」も「風船欲しい」も、
 
決して親を憎んでやったことではなかった。
 
 
 
逆に、ボクは、親のシアワセを祈ってそうしたのだと、
 
ボク自身を肯定できるようになった結果、
 
罪悪感・自己否定感も消え、
 
ボクの気持ちは、平和になり、安定し、落ち着いたのだと思います。
 
 
 
 
ご相談者様も親を愛してきた      
 
 
さらに、それは、
 
ご相談者さまの罪悪感や自己否定感を癒やし、
 
平和や安定、落ち着きをもたらすことになるのですが、
 
 
 
次回は、
 
ご相談者様と、具体的に、
 
どんなセッションをしているのかを、
 
書いてみたいと思いますので、
 
よろしかったら、また、お付き合いくださいね。
 
 
 

親子関係 インナーチャイルド アダルトチルドレンなど、悩み相談。浜松市の 心理カウンセリング サロン コリトル 。 その他人間関係,仕事,夫婦,離婚,不倫,恋愛,依存,不安,絶望,対人恐怖,生きづらい,死にたいなどのお悩みを解決したい時、誰かに話を聞いてもらいたい時に。

 
浜松はシトシトトと雨が降っていますが、
 
そちらはいかがでしょうか?
 
それにしても、ようやく春ですね!
 
自宅の花も咲きました。(^_^)
 
 
 
 
さて、前回は、
 
 
・娘は病気になったり事件や事故を起こし、
 ボクを経済的・精神的に窮地に追い込んだ。
 
・そして「この危機的な状況は、フツウの方法では解決できない」と考え、
 ボクはスピリチュアル・ヨガ・瞑想・量子力学などの本を
 読みあさるようになった。
 
・そんなある日、「すべての子どもは、自分の身を挺してでも、
 両親を助けようとする」という言葉に出会い、ボクは涙がとまらなくなった。
 
・その時ボクは、心の中でこんな会話を繰り返していた。
 
ボク「なぜ、病気になったの?」
「お父さんを助けるためだよ。」
 
ボク「なぜ、事故を起こしたの?」
「お父さんを助けるためだよ。」
 
ボク「なぜ、事件を起こしたの?」
「お父さんを助けるためだよ。」
 
 
などと書かせていただいたのですが、
 
 

娘がボクを愛していた  

 
娘の「お父さんを助けるためだよ」という
 
声ならぬ声に胸を打たれながら、
 
ボクは、はじめて、娘の愛に気づいたのだと思います。
 
 
 
言い換えると、
 
「ボクは娘から愛されていた」ことに気づき、
 
それを認められた。
 
 
 
もう少し別の言い方ををすると、
 
傲慢だったボクは、
 
「自分が娘の世話をしてあげている」
 
「自分が娘に愛情を注いでいる」 としか思っていなかった。
 
 
 
けれど、
 
「愛していたのは、ボクではなく娘だった」 という事実に、
 
ようやく気づき、 それを認め、
 
受け容れられたのだと思います。  
 
 
       

「お金の奴隷」→「娘の愛の奴隷」  

 
 
  それまでのボクは、
 
「子どもの生活費を稼ぐことが娘への愛情だ」とか、
 
「自分は子どもを養ってあげている」という、
 
高慢な気持ちを、潜在的に持っていたのですが、
 
 
 
娘から愛されていることに気づいたボクは、
 
「娘から愛されていることが、
 
お金の何倍ものシアワセをもたらしている」
 
ことに気づいたのだと思います。
 
 
 
つまり、その時から、ボクは、
 
「お金の奴隷」から、 「娘の愛の奴隷」に
 
変わったのかもしれません。 (^_^;)          
 
 
 

子どもの愛は目立たない    

 
 
では、なぜ、ボクは今まで、
 
そんな娘の愛に気づけなかったのか? というと、
 
 
 
たぶん、それは、
 
「娘の愛は、派手でなく、
 
刺激的な興奮をもたらすものではなかった」から、
 
 
 
つまり、
 
「娘の愛は目立ちにくくて、分かりにくかった」から
 
のような気がしています。
 
 
 
実際、娘の愛は、静かに、とうとうと、脈々と、
 
永続的なシアワセを、ボクの心の深いところに、 もたらしていました
 
 
 
でも、それが、目立たなかったから、
 
ボクは、それに気づけなかったのではないかと…。
 
(´・_・`)
 
 
 
 
つまり、
 
子どもの愛は、目立たない、
 
だから、分かりにくく、見つけにくいのではないかと、
 
思ったりしております。          
 
 
 

お金のシアワセは派手で目立つ      

 
 
一方、お金の愛は、目立ちやすくて、分かりやすいようです。
 
 
例えば、豪華な料理や、高級なホテル、
 
テーマパーク、豪邸、高級車などは、
 
刺激的で大きな興奮を与えてくれます。
 
「うわぁ〜〜!
 
すっご〜〜いぃ〜〜!」と…。
 
 
 
しかし、そのような刺激的な興奮は、
 
永続性には乏しく、空しさが伴ったりします
 
 
 
つまり、いつか、飽きてしまうシアワセ、
 
時間と共に薄れてしまう満足感であったりします。          
 
 
 

  子どもの愛は、太陽、月、星、山、海…      

 
 
例えるなら、 子どもの愛は、
 
派手でなく、静かに、とうとうと、脈々と、
 
永続的なシアワセを、もたらしてくれる、
 
太陽や、星、月、海、山のような存在。
 
 
 
だから、子どもの愛は、
 
豪華な料理や、高級な豪邸、高級車のように、
 
派手でないけれど、
 
まったく次元の違う、深い喜びを、
 
ボクの胸の奥深くに与えてくれる
 
 
 
そんなことにボクは、気づき、それを認め、
 
「ボクが娘を愛していた」のではなくて、
 
「娘がボクを愛していた」と、 考えるようになったのだと思います。
 
 
         
親子関係 インナーチャイルド アダルトチルドレン 共依存 浜松
 
 
 
 

気持ちの平和、安定、落ち着き、感謝…      

 
 
その結果、ボクは、
 
 
・子どもは、自分の身の危険を冒(おか)してでも親の自立を助けようとする。
 
・子どもは、親に感謝されることで、最高のシアワセを感じる。
 
 
などの、フツウじゃないヘンな考え方を
 
持つことになっただけではなく、
 
 
 
それと同時に、
 
気持ちの平和、安定、落ち着き、
 
動揺しない心、感謝の気持ちなどを、
 
恒常的に感じながら生きられるようになりました
 
 
 
さらに、それは、
 
ボク自身の自己満足で終わることはなく、
 
ご相談者さまの心にも、
 
平和や安定、落ち着き、感謝をもたらすことになった
 
 
 
ということも、お伝えしたいので、
 
よかったら、次回も、お付き合いくださいね。
 
 

親子関係 インナーチャイルド アダルトチルドレンなど、悩み相談。浜松市の 心理カウンセリング サロン コリトル 。 その他人間関係,仕事,夫婦,離婚,不倫,恋愛,依存,不安,絶望,対人恐怖,生きづらい,死にたいなど。お悩みを解決したい時、誰かに話を聞いてもらいたい時に。

 

昨日、今日と、春のように温かなこちら浜松です。

桜が咲く日も近そうですね。

(^_^)

 

さて、前回までに、

 

・「お金があればシアワセになれる」と、
ボクは、豊かさもシアワセもお金に依存させていた。

・娘は病気になったり事件や事故を起こして、
ボクを経済的に精神的に窮地に追い込んだ。

・そして、ボクは「この危機的な状況は、
フツウの方法では解決できない」と考えるようになり、
スピリチュアル・ヨガ・瞑想・量子力学などの本を読みあさり、
フツウじゃないものに救いを求めるようになった。

・そんなある日、「ある言葉」に出会い、涙がとまらなくなった。

 

などと書かせていただいたのですが、

 

 

子どもは、自分の身を挺してでも … 。  
 
 
 
親子関係,インナーチャイルド,アダルトチルドレン,悩み,相談,カウンセラー
 
 
 
その「ある言葉」とは、
 
本田健さんの本「ユダヤ人大富豪の教え(3)」
 
の中にあった、こんな言葉です。
 
 
【すべての子どもは、
 
自分の身を挺してでも、 両親を助けようとする。】
 
 
 
ボクは、その言葉を読んだときに、
 
涙が止まらなくなってしまいました。
 
 
次の日も、その言葉を読むと、涙が止まらなくなり、
 
そのまた次の日も、その言葉を読むと涙が止まらなくなるという、
 
不思議な3日間を過ごしました。
 
 
 
 
アタマでは理解できない  
 
 
 
しかし、ボクのアタマでは、
 
「すべての子どもは、自分の身を挺してでも両親を助けようとする」
 
という言葉は、論理的にも感情的にも理解できない、
 
受け入れがたい言葉でした。
 
 
 
しかし、涙がボロボロとあふれて止まらなくなるのだから、
 
その言葉を受け入れざるを得ません。        
 
 
 
 
そうだったんだ … 。    
 
 
 
そして、
 
「そうだったんだ…。」と、 心の中でつぶやくと、
 
また、涙がボロボロと落ちこぼれる…。
 
 
 
そんな3日間でした。
 
(^_^;)
 
 
 
結果的に、その《気づき》ゆえに、
 
ボクの人生は、ガラッと変わることになるのですが、
 
それは、ボクのアタマでは理解できない、
 
常識や論理というものから、逸脱した《内容》でした。          
 
 
 
 
お釈迦さまのサトリと同じ?      
 
 
たぶん、それは、
 
 
アルキメデスが、お風呂のお湯があふれるのを見て、体積に気づいたり、
 
ニュートンが、リンゴが木から落ちるのを見て、重力を悟ったり、
 
ガリレオが、星の動きをみて、地球が動いていることに気づいたり、
 
アインシュタインが、屋根から落ちる人を見て、相対性理論を悟ったり、
 
お釈迦様が、難行苦行の末に乳粥を食べて、無をサトったのと同じように、
 
 
当時の常識や理屈から逸脱していた《内容》 … 。
 
ではないかもしれませんが、
 
(^_^;)
 
 
 
ほんの、ほんのちょこっとだけ、
 
似ている部分があるのではないかと、
 
ボクは勝手にそう思っております。 (^_^;)        
 
 
 
 
ボクのライフワーク      
 
 
なので、この
 
【すべての子どもは、自分の身を挺してでも、両親を助けようとする】 を、
 
一人でも多くの人に伝えることが、
 
ボクの「人生の目的・使命・ライフワーク」なのかなあと思って、
 
今、こうして、そのことを書かせていただいています。 
 
 
 
なんちゃって…。
 
(^_^;)
 
 
 
なんだか、落ち(オチ)が着いちゃったかもしれませんが、
 
【すべての子どもは、自分の身を挺してでも、両親を助けようとする。】 について、
 
もう少し詳しくお伝えしたいので、
 
よかったら引き続き、次回もお付き合いくださいね。
 
 
 

< お金,社蓄,奴隷,親子関係の悩みへのヒント  -  浜松市の心理カウンセリングサロン "コリトル”  -  >

前回まで、

・ボクの娘は、父親が自分を可愛そうに思って、
 自分の安心・安全を捨て、嫌われるリスクを冒して
 「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。

・子どもは、自分の身の危険を冒(おか)してでも
 父親の自立を助けようとする。

・でも、そんな考え方は、フツウの考え方じゃない。

・ボクが、そんなフツウじゃない考え方を持つようになった、
 最初のきっかけは、娘が生まれる時のことだった。

・妻が帝王切開を拒み、母子共に体力の限界が来た時、
 婦人科の先生が、ボクに赤ちゃんの心音を聞かせてくれた。

・その心音は「わたし生きたい!」「わたし愛したい!」と、
 とても力強く情熱的にボクに訴えていた。

・ただ、娘のその声ならぬ声だけで、
 ボクの考え方がフツウじゃなくなったわけではない。

・その時のボクは、まだ「娘は、自分の安心・安全を捨てて、
 嫌われるリスクも冒して『ふうせん欲しい!』と泣き叫ぶ」という
 変わった考えかたを持っていなかった。 

などと、お伝えいたしました。 

 

 

娘が生まれてからの「豊か」な生活 

 
 
娘が生まれて、ボクはパパになりました。
 
そして、「愛したい!」という声ならぬ声を発してくれた、
 
尊い生命「子ども」を持つことになりました。
 
 
だから、 当然、 ボクは「豊か」になりました
 
 
が、しかし、
 
(´・_・`)
 
 
それなのに…。
(´・_・`)
 
 
ボクは、その「豊か」さを感じることができていませんでした。
 
情けないことなのですが…。
 
(。-_-。)
 
 
それどころか、反対に「出費が増えてしまう」という、
 
漠然とした不安「貧しさ」を感じていました。
 
 
「ボクに、この子を養っていけるのだろうか?」
 
「それだけの経済力が、ボクにあるのだろうか?」
 
「この子の教育費・学費等の経済的負担をボクが背負い切れるのだろうか?」
 
と。
 
 
 
        

お金がなくなったら、どうしよう? 

 
 
 
  今となっては、
 
「子どもはかけがえのない存在。
 
存在そのものが癒やし・安心・豊かさ・シアワセの源(みなもと)。
 
だから、それに比べれば、お金の価値はたいしたものではない。
 
もちろん、お金も貴重で大切だけど、
 
子どもの存在、子どもと過ごす時間や思い出は、
 
お金には替えられない、 お金では買うことができない、
 
豊かさとシアワセをもたらすもの。」
 
 
と、素直に思えるのですが、
 
当時のボクは、つねに「お金」のことを心配していました。    
 
 
 
お金,社蓄,奴隷,親子関係 悩み 解決 浜松
 
 
 
 
 

 目の前にある子どもという現実から目をそむけ 

 
 
 
ボクの心のどこかに、常に、
 
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」
 
 
という漠然とした不安や恐怖心を抱え、
 
その不安や恐怖心から逃げるために、
 
ボクは生き、仕事をしていたのだと思います。
 
 
 
つまり、
 
「目の前にある子どもという現実的な豊かさ」から目をそむけ、
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」という、
 
「非現実的な不安や恐怖心」にばかり、目を向けて生きていました。       
 
 
 
 
 

 お金がなくなることは死であり、人生の終わり      

 
 
 
それは、ある意味、子どもを養っていくという、
 
正義感・義務感・使命感・責任感の現れであり、
 
悪いことではないはずです。
 
 
 
しかし、当時のボクは、
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」 という漠然とした不安から、
 
「お金がなくなること = 死んでしまうこと」とか、
 
「お金がなること = 人生の終わり」という恐怖心を抱くようになり、
 
「お金のために生きる」ようになっていました
 
 
 
つまり、ボクは、
 
自分の生命をお金に明け渡してしまった、 「お金の奴隷」でした。       
 
 
 
 
 

  お金の不安と恐怖から逃げる方法      

 
 
 
そして、
 
「お金を稼げなくなったら、首をつるしかないなぁ。」
 
(´・_・`)
 
「その保険金で、家族に生活してもらえれば、
 
それが一番、楽かもしれないなぁ。」
 
(´・_・`)
 
などということをよく思っていました。
 
 
 
たぶん、お金の不安や恐怖心から逃げる方法が、
 
他に見当たらなかったから……。
 
(-_-;)
 
 
 
なんだか、暗いことを書いちゃってすみません。 
 
 
 
また、次回に続けたいと思いますので、
 
よかったら、また、お付き合いくださいね。
 
 

こんにちは

0次元カウンセラーのぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )    

 

寒いですねぇ~。

浜松も急に気温が下がって、冷たい雨が降っています。

(´・_・`)

 

東京では雪が降るとか、

北海道ではマイナス30度になるとかと、

聞いておりますが、そちらは、大丈夫でしょうか?

 

前回、

 

・娘は、ボクが自分を制限・抑圧して可愛そうに思えたから、

   「自立して、自分のやりたいことをやって!」と言いたくなった。

 

・そして、娘は自分の「安心・安全」を捨てて、

   嫌われるリスクも冒して「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。

 

とボクは書いていますが、これはフツツじゃないですよね?

 

フツウは、

・娘は、単純に、風船が欲しかっただけ。

・子どもが親のことを考えて、「ふうせん欲しい!」なんて言わない。

ですよね?  

 

でも、実際、ボクは娘に譲歩して、風船を買うことで、

ケチが過ぎたことに気づき、

  「1,000円は高い!」から「1,000円は安い!」というお金持ちマインドに変わった。

 

だから、何かしら、子どもが決心してリスクを冒して、

  「フウセン欲しい!」みたいなことを言ったときは、  

親への愛情と信じて受け止めて、

子どもに譲歩してみていただけないでしょうか?

 

なぜなら子どもは、

『親に感謝されること』で『最高のシアワセ』を感じるから…。

 

など、とお伝えしたのですが、

今日は、ボクが、

こんな「フツウじゃない考えかた」をするようになった きっかけを、

お話ししたいと思います。  

 

 

赤ちゃんの心音が弱くなっている
 
 
 
     
 
 
それは、娘が生まれる時のことでした。
 
娘の出産は、大変な難産。
 
 
陣痛が始まって、もう10時間が過ぎたというのに、
 
赤ちゃん(娘)がお腹の中から出てきません。
 
 
それで、婦人科の先生が妻に帝王切開を勧めるのですが、
 
妻は「帝王切開は嫌だ!」と言って頑なに拒み続けます。
 
 
しかし、さすがに、母子共に体力的に限界に来ていました。
 
そして、赤ちゃんの心音(心臓の音)が弱くなり始めていました。
 
(´・_・`)
 
 
なので、婦人科の先生が、ボクに、
 
「赤ちゃんの心音が弱り始めているから、
 
帝王切開しないと赤ちゃんの命が危ない」
 
と伝えるために、ボクを手術室に呼び、
 
赤ちゃんの心音をボクに聞かせました。
 
 
「ドックン、ドックン、ドックン、、、」
 
 
 
       
わたし生きたい!  
 
 
その心臓の音を聞いた時、ボクは衝撃を受けました。
 
それは、ピストルで「バンッ!」と、
 
胸を打たれるような衝撃でした。
 
 
娘の声が、僕の胸に突き刺さりました。
 
「わたし生きたい!」 と…。
 
 
それは、声ならぬ声でした。      
 
 
 
 
  早く死にたかったボク    
 
 
それは、僕には信じられない言葉でした。
 
 
僕は、生きることに疲れていたのだと思います。
 
そして、潜在的に「早く死にたい」という気持ちを、
 
心の奥に抱えていたのだと思います。
 
 
だから、娘の「わたし生きたい!」という言葉は、
ボクには信じられない言葉でした。
 
 
「早く死にたい」という、ボクの常識とは、
 
まったく正反対の言葉だったからです。
 
 
そもそも、人間の中に「生きたい!」という情熱があるなんて、
 
ボクには信じられませんでした。
 
 
そんな衝撃を受けたボクは、
 
「これが、命(いのち)というものなのか?」
 
「これが、生命力というものなのか?」
 
と、 婦人科の先生の前で、自問自答していました。    
 
 
 
 
  わたし愛したい!      
 
 
さらに、それだけでは、ありませんでした。
 
 
「わたし生きたい!」という声と同時に聞こえてきたのが、
 
「わたし愛したい!」という声でした。
 
 
 
その声も、ボクに衝撃を与えました。
 
ボクの胸に突き刺さりました。
 
 
なぜなら「ワタシ生きたい!」と同じく、
 
ボクの常識と、全く正反対の声だったからです。
 
 
娘の声は、
 
「ワタシ【 愛されたい 】!」ではなく、
 
「ワタシ【 愛したい 】!」だったからです。
 
 
そんな経験がきっかけで、ボクは、少しずつ、
 
・子どもは、自分の身の危険を冒(おか)してでも親の自立を助けようとする。
 
・子どもは、親に感謝されることで、最高のシアワセを感じる。
 
という考え方を持つようになったのだと思います。
 
 
もちろん、娘の「わたし生きたい! わたし愛したい!」という声だけで、
 
ボクがそのような考えを持つようになったわけではありませんので、
 
次回、もう少し、続きを書いてみたいと思います。
 
 
いつも、長々、だらだらとすみません。
 
(^_^;)
 
もし、よかったら、次回も、お付き合いくださいね。  
 
 
 
今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!
 
あなたのお幸せを祈っております。

こんにちは

0次元カウンセラーのぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )  

 

 

前回までに、

 

・自立が難しいのは「安心・安全」を手放さないといけないから。

・親が「お寿司大好き」なら「私もお寿司大好き!」と言うほうが「安心・安全」。

・特に「親を悲しませたくない」という親への愛情が    
「自立」をさらに難しくさせる。

・でも、自分の親が「○○でなきゃいけない・○○であるべき」と言って、    
自分のやりたいことを、我慢したり制限していると、子どもは哀しくなる。

・そして、そんな親を見ていると    
「自立して、自分のやりたいことをやって!」と強く思うようになり、
   
子ども自身の「安心・安全」を捨て「お寿司キライ!」みたいなことを言う。

・なぜかと言うと、子どもは、    
自分の身の危険を冒(おか)してでも親の自立を助け、
   
親にシアワセになってもらいたいと思うから。

・例えば、ボクの娘は、「ふうせん欲しい!」と言って、    
地面に這いつくばって泣きました。
   
そして、ボクは、根負けして高級な風船を買うことになってしまった。

・もし、ボクが「駄目なものは駄目!」と叱って、    
無理やりその場から娘を立ち去らせていたら、
   
娘の心に「私は人を幸せにしてあげられなかった」
 
 「私は人を助けてあげられなかった」という傷を残すことになっていた。

・そのような心の傷は、その後の娘の友人関係や、会社での人間関係、  
 さらには恋愛関係を難しくさせてしまう。  

 

などと、書かせていただいたのですが、    

 

 

 「ふうせん欲しい!」は、親への愛?  

 

「なんだか、フツウの考えと違うなあ」

と思われなかったでしょうか?

 

もし、そう思われたのだとしたら、 たぶん、

・娘さんが風船を欲しがったのは、単純に本人が欲しかっただけですよね?

・子どもが親のことを考えて、「ふうせん欲しい!」なんて言わないですよね?

みたいな感じではないかと思います。    

 

 

ボクがあまりに自分を抑圧してるから    

 

ちなみに、ボクがお伝えしたことは、

・娘は、ボクがあまりにも自分を制限・抑圧していて可愛そうだから、    
「自立して、自分のやりたいことをやって!」と言いたくなった。

・そして「安心・安全」を捨てて、ボクから嫌われるリスクを冒して  
 「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。

でしたが、

やっぱり、ちょっと、

フツツじゃないでしょうか? (´・_・`)      

 

 

娘のおかげでお金持ちに?      

 

実際、ボクは、娘の言うことを聞いたことで、

こんなことに気づきました。

 

「自分もちょっと、ケチが過ぎたなあ」と。

 

確かに裕福じゃないから、 お金を節約することは大事。

もちろん、家族のために貯金することも大切。

 

でも、あまりに「節約しなきゃ」「貯金しなきゃ」 という気持ちが強すぎると、

心も貧しくなっちゃうなあ。

 

節約も身の丈に合わせて行うべきで、  

身の丈以上に節約し過ぎるのも、あまり良くないなあ。

 

1,000円で、娘の楽しそうな姿が見れて、

一緒に楽しく風船遊びができたんだから、

安い買い物だったなあ。 と…。  

 

つまり、僕は、娘のおかげで、

「1,000円は高い!」から、「1,000円は安い!」と

言えるように変わりました。

 

言い換えると、僕は、娘のおかげで、

お金持ちマインドになっちゃいました。

(^_^;)        

 

 

  子どもに譲歩する  

 

その後も、

子どもの意見に素直に従ってお金を使うと、うまく行き、

子どもの意見に反して、お金を節約すると、

お金がさらに出て行って、逆に損失を増やす、

という経験を繰り返しました。

 

なので、

(ナンでもカンでも、子どもの言うことを、

聞けば良いというわけではないのですが…。

(・_・; )  

 

何かしら、子どもが決心して、

安心・安全を失うようなリスクを取って、

「フウセン欲しい!」みたいなことを言ったときは、

親への愛情が含まれていると受け止めて、

子どもに譲歩してみていただけたらと思っております。      

 

 

  親からの感謝が、子どもの最高の幸せ       

 

そして、もし、

「子どもの言うことを聞いてよかった」と思えて、

子どもの愛情に、素直に感謝できたとするなら、

子どもは「最高にシアワセ!」になると思います。

 

なぜなら『親に感謝されること』は、

子どもにとって『最高のシアワセ』だから…。 (^_^)

 

 

 

 次回は、なぜ、ボクが、

こんな「フツウじゃない考え」をするようになった、

きっかけを少しお伝えしたいと思います。

 

ちょっと、くどいかもしれませんが…、 (´・_・`)

 

「『ふうせん欲しい!』は、親への愛」というテーマは、

人間関係の悩みを解決する上でも、

インナーチャイルドを癒やす上でも、

とっても大切なテーマだと思っていますので、

もし、よろしかったら、お付き合いくださいね。

 

 

もし、「 早く、続きを読みたい 」と思ってくださいましたら、

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今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

あなたのお幸せを祈っております。

こんにちは

0次元カウンセラーのぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )    

 

今日も、暖かな、こちら浜松です。(^_^)

昨日は、春みたいな陽気のところも多かったみたいですが、

でも、まだまだ、2月も始まったばかりなので、

お身体を冷やさないようにお過ごしくださいませ。   

 

 

 

 

高級風船(?)を買ってよかった  

 

前回、娘が2歳の時にお祭りに行ったことを、

書かせていただきました。

 

それは、

娘が、プカプカと揺れるヘリウムガス入りの風船を欲しがって大泣きし、

ボクも泣く泣く(?) (・_・;

1,000円の高級風船を買うことなってしまった、

という話だったのですが、

 

今となっては、風船を買って、

「本当によったなぁ〜」と思っています。        

 

 

  買わなかったら娘に深い傷を負わせていた    

 

もし、例えば、ボクが

娘が泣こうが、わめこうが、

「駄目なものは駄目!」と叱って、

寝ながら泣いている娘を無理やり抱きかかえて、

その場から立ち去っていたとしたら、

娘の心に深い傷を残すことになったと思うからです。

(もしかしたら、1,000円で買ってくれると期待した

おじさんも傷つけたかも? (^_^;) )

 

 

私はお父さんを幸せにしてあげられなかった    

 

【 娘の心に傷を残す 】というのは、

 

「私はお父さんを幸せにしてあげられなかった」

「私はお父さんを助けてあげられなかった。」

「私はお父さんを幸せにできないし、その資格もない。」

「私は存在する価値がない。」

「私なんかいないほうが良い。」

「死んだほうがいい。」

 

という気持ちを、娘に刻み込んだであろうということです。

 

少し、大袈裟 ? (´・_・`)

かもしれませんが…。

 

少しだけだったとしても、

実際に、 娘の心に傷を残しただろうことは、

間違いないと思います。

 

なぜなら、 娘は、

リスクをとって、身の危険を冒して、

「お父さん、シアワセになって!」と、訴えたからです。        

 

 

インナーチャイルド  

これを、心理学的に言うと、

インナーチャイルドとか、

アダルトチルドレンとかと言うのですが、

 

子どもの時に受けた心の傷が癒やされないままだと、

大人になってからも、

友人関係、会社での人間関係、恋愛関係などで、

苦労することになります。

 

つまり、

人間関係で、必要以上に、

人間不信や疑心暗鬼を生じさせ、

生きづらくなってしまいます。        

 

 

3つ子の魂100まで       

 

日本でも「3つ子の魂100まで」 と昔から言われてきましたが、

やはり、幼い時の親子関係は、

その後の人生に大きな影響を与えます。

 

それは、幼い時の親子関係が、

人間関係の基礎・ベース・根幹・原型になるからです。      

 

 

潜在的に「私は価値がない」 という感情を抱えて      

 

例えば、先ほどの例のように、

子どもが、 リスクをとり、身の危険を冒して、

お父さんに「シアワセになって!」と訴えたのに、

それを否定され、心に傷を負ってしまったら、

 

「私は人を幸せにしてあげられなかった」

「私は人を助けてあげられなかった。」

「私は人を幸せにできないし、その資格もない。」

「私は存在する価値がない。」

「私なんかいないほうが良い。」

「死んだほうがいい。」

 

という感情を潜在的に抱えた状態で、

友人関係、会社での人間関係、恋愛関係を結ぶことになってしまいますので、

どうしても、信頼関係を築くのに苦労してしまいます…。

(´・_・`) また、

 

 

長くなっちゃったので、 次回以降に、

「なぜ、風船を買うことが、お父さんを幸せにすることなのか?」

「インナーチャイルドが癒やされるとはどういうことなのか?」

などを続けたいと思います。

 

もし、よかったら、

あたなが、お父さんやお母さんに対して、  

「風船買って!」みたいなことを言ったことがなかったかも、  

思い出してみてくださいね。

 

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今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

あなたのお幸せを祈っております。

 

 

浜松市の 心理カウンセリング サロン コリトル 。 依存,不安,絶望,対人恐怖,生きづらい,死にたい,いじめ,DV,暴力 などのお悩みを解決したい時、誰かに話を聞いてもらいたい時に。

こんにちは

のぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )  

 

前回までに、

・「自立」できないと奴隷のように不自由になる。

・悩む原因も「自立」できていないから。

・でも「自立」は簡単ではない。

・自立が難しい理由は、

・(1)時間をかけて自問自答し

 「本当に自分がやりたいこと」「本当に自分が好きなこと」に

 気づかなければならないから。

・(2)安心・安全を手放さないといけないから。

 例えば、お父さんとお母さんがお寿司大好きなら、

 自分の意思を押し殺してでも「私もお寿司大好き」と言う方が「安心安全」。

 もし「自立」して「お寿司キライ」と言ってしまうと、安心安全を失ってしまう。

 特に、親を悲しませたくない、親の怒った顔を見たくないという、親への愛情が自立を難しくさせてしまう。


などとお伝えしたのですが、

 

 

 あなたの親のお寿司は?   

 

ちなみに、あなたのお父さんお母さんのお寿司(?)、

つまり、あなたの両親が好きなものは、

何だったでしょうか?

 

また、あなたが、

「親を怒らせたくない、親を悲しませたくない」という動機で、

「お寿司オイシイ!」みたいに、

表面的に取り繕って(とりつくろって)きたことは、

ありますでしょうか?

 

 

 

「○○でなきゃいけない」

「○○であるべき」   

 

例えば、

「お姉ちゃんなんだから!」

「長男なんだから!」

「○○家の人間なんだから!」

「恥ずかしいよ!」

「貧乏するよ!」

「人に笑われるよ!」

「馬鹿にされるよ!」

「みっともないから!」

などと親から言われ、


親を怒らせないために、親を悲しませないために、

 「○○しなきゃいけない」

 「○○であるべき」

と自分を制限し、

抑圧し、

コントロールしてきたこと

ってありますでしょうか?

 

もしくは、反対に「お寿司キライ!」みたいなことを言って、

家に入れてもらえなくなったり、

暗い部屋に閉じ込められたり、

木に縛り付けられたり、

という経験をしたことはありますでしょうか?

 

 

 

ボクは縛られました   

 

ちなみに、ボクは、後者の、

縛られて部屋に閉じ込められたタイプでした。

(´・_・`)

 


えー!? 本当に!?

って、驚かれるかもしれませんが、


「家に入れてもらえなくなった」

「暗い部屋に閉じ込められた」

「木に縛り付けられた」


も、ご相談者様からお聞きした実際の体験談。

(´・_・`)


なので、ボクの体験もそれほど珍しいことではないと思います。

 

 

 

 自立には、安心・安全を手放すことが必要  

 

逆に、そのような経験をしないと「自立」できないのかもしれません。

それくらいに「自立」は難しい。


つまり「自立とは、安心・安全を手放すこと」のような気がしております。

 

もし、あなたご自身に、そのような経験がなかったとしても、

あなたのお父さんやお母さんは、

家に入れてもらえなくなったり、

暗い部屋に閉じ込められたり、

木に縛り付けられたり

という経験をされているかもしれませんので、

良い機会があったら、聞いてみてくださいね。

 

 

そして、もし、

ご両親が、安心・安全を手放して自立した経験が『あった』とすると、

あなたが自立することは、『より容易』になり、

ご両親が、安心・安全を手放して自立した経験が『無かった』とすると、

あなたが自立することは、『より難しく』なるのかもしれません。

 

 

また、長くなっちゃったので、

今日はこれくらいで。(^_^;)


よかったら、引き続き、お付き合いくださいね。

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

あなたのお幸せを祈っております。

 


※参考記事

あなたはナミ!?

自分を好きになる方法

こんにちは

0次元カウンセラーのぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )

 

寒い日が続きますねぇ〜。


でも、日の出が、少しずつ早くなってきていますので、

この寒さも、もう少しの辛抱。

12月、1月と、寒さに耐えてきた、

ご自身を褒めてあげてくださいね。

(^_^)

 

 

ところで、前回までに、


・自主的に「自立」したい人は少ない。

・でも「依存」では幸せになれない。

・「依存」を続けると、罠(ワナ)にかかって、

  奴隷のように不自由になって貧乏しちゃう。

・悩む原因は「自立」できていないから。

・「自立」するためには、たくさん葛藤し、

  たくさん自問自答を繰り返さなければならない。

・そして、「本当に自分がやりたいこと」

 「本当に自分が好きなこと」に気づかなければならない。

・それは、面倒くさく、時間がかかる作業。

・だから「自立」は難しい。


などとお伝えいたしました。

 

 

 2番目の理由立   

 

そして、自立を難しくしている、

2番目の理由として


「安心・安全を手放せないから」

ということがあるような気がしています。

 

 

安心・安全を手放せない   

 

例えば、

「お父さんとお母さんは、お寿司が大好き!」

だったとします。


すると、子どもも、

「ボク、オスシ好き!

 ワタシも、お寿司、大好き!」

と言っていれば、


『安心・安全』ですよね?

(^_^;)

 


もし、お寿司について、

子どもがこんなことを言ってしまったら大変です。

(´・_・`)

 

「何だかヌルヌルして、食感が好きじゃない!

「酢の味がマズイ!」

「ガリ辛くて食べれない!」

「ワサビも美味しくない!」

 

 

子どもを家から追い出す?   

 

もし、子どもがそんなことを言ってしまうと、


親は、カッとなって、目をむいて怒り、


「なんだ?この子は!

 こんなに美味しいお寿司を『まずい』だと!?

 あんたなんて、うちの子じゃありません!

 出て行きなさい!」

 

と言って、


子どもが、自分の好きなもの(お寿司?)を受け入れるまで、


家に入れさせなくしたり、


暗い部屋に閉じ込めたり、


木に縛り付けたりします。

 

 

「お寿司オイシイ!」の方が安心・安全   

 

そうすると、


心の中で、


「ハンバーグ、オイシイ! (^-^)」


「カレーライス、サイコー! (^-^)」


「ラーメン、美味しい! (^-^)/」


と、子どもは、思っていても、


それを、素直に、率直に、


表現できなくなってしまいます。

(。-_-。)

 

 

なぜなら、


ウソでも、


「お寿司、オイシイ!」


「お寿司、サイコー!」


と言っているほうが、『安心・安全』だからです。

 

 

親への愛情が素直な表現を難しくさせる   

 

それだけでなく、


親を怒らさずに済むし、


親の悲しむ顔を見なくても済みます。

 


そんな『親への愛情』が、


よりいっそう、


自分の気持ちを、素直に表現することを難しくさせてしまいます。

 

 

あなたの親の「お寿司」は?
 

 

ここまで読まれて、


そんな大袈裟な!?


そんな馬鹿な話ないよ!


と思われたかもしれません。

 

 

が、もし、よろしかったら、少し、


あなたのお父さんお母さんの好きなもの(お寿司に代わるもの)は、


何だったか、考えてみていただけないでしょうか?

 

 

親を怒らせたくないから

親を悲しませたくないから
 

例えば、


「あなたはお姉ちゃんなんだから!」


「あなたは長男なんだから!」


「あなたは○○家の人間なんだから!」


「こうしないと恥ずかしい!」


「こうしないと貧乏するよ!」


「人に笑われる!」 「馬鹿にされる!」 「みっともない!」


などなど…。

 


あなたが、


親を怒らせたくないから、


親を悲しませたくないから、


という動機で、


「お寿司オイシイ!」みたいな素振りを見せてきたことって、ないでしょうか?

(´・_・`)

 

 

 

また、ダラダラと長くなっちゃったので、次回に続けますね。

(^_^;)

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました! あなたのお幸せを祈っております。

 

 

こんにちは

0次元カウンセラーのぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )

 

寒い日が続いていますが、

風邪などは、ひかれていませんでしょうか?

 

僕は、エキナセアというハーブティーを飲んだり、

バスソルトをお風呂に入れたりしてカラダを温め、

なんとか、今のところ、風邪をひかずに過ごせています。

 

もし、気が向いたら、エキナセアや、バスソルトなども、

お試しくださいね。 (^_^;)        

 

 

 

ところで、

前回、

 

・「自立」について考えさせられている。

・「自立」って、難しい。

・自主的に「自立」したい人は少ない?

・依存して生きるほうがラク?

・でも、依存では幸せになれない?

・世の中、そんなに甘くない?

・甘い話に乗ると、罠(ワナ)にかかって、奴隷のように不自由になって貧乏しちゃう?

なんていうことを、ウダウダ・ダラダラと、

書かせていただいたのですが、  

 

 

 人間関係の悩み、お金の悩みの原因  

 

なぜ、自立について考えさせられていたかと言うと、

人間関係で悩まれたり、

お金で悩まれたり、

お辛い気持ちを抱えるようになってしまった原因が、

「自立できていないから」

である場合が少なくないと感じるからです。

 

つまり

自立できれば、

人間関係やお金で悩まなくなるのでは? と…。  

 

 

昨年、自立を決断されたかた  

 

例えば、昨年も、カウンセリングを受けていくうちに、

自立を決断されたかたが、何人もいらっしゃいました。

 

・親からの自立。

・配偶者からの自立。

・会社からの自立。

・友達からの自立。

・不倫相手からの自立。

など…。    

 

 

自立するプロセス    

 

でも、 自立する過程(プロセス)においては、

たくさん躊躇し、

たくさん葛藤し、

たくさん自問自答を繰り返されました。

 

そして、

・本当に自分がやりたいことって何?

・本当に自分が好きなことって何?

など、

 

難しい言葉で表現するなら、

・自分が生まれてきた理由

・自分が生まれてきた目的

・自分の存在意義

・自分のミッション(使命)

などのことに、

真剣に向き合うプロセスを辿られました。    

 

 

自立には苦痛がともなう      

 

それは、ご相談者様にとっては、

苦痛で、

面倒くさくて、

楽じゃないことだったと思います。

 

だから、

「自立」って難しいんじゃないのかなあ、

などと、ウダウダ、

考えたりしておりました。

 

そして、他にも、たくさん(?)

(´・_・`)

自立を難しくしている理由があると思いますので、

また、次回も、そのあたりをお伝えできればと…。 (^_^;)

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!  

あなたのお幸せを祈っております。

 

 

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