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< 人生も、シアワセもお金に依存して(お金,依存,社蓄,奴隷,親子関係の悩みへのヒント) >

 
前回までに、
 
 
・ボクの娘は、父親を可愛そうに思って、自分の安心・安全を捨て、
 嫌われる勇気を出して「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。
 
・子どもは、自分の身の危険をおかしてでも親を助けようとする。
 
・でも、そんな考え方はフツウじゃないですよね?
 
・ボクの娘がお腹の中にいるとき、娘の心音が
 「わたし生きたい!」「わたし愛したい!」とボクに訴えた。
 
・そんな尊い「生命」を授かったにもかかわらず、
 ボクは「豊か」さを感じることができなかった。
 
・ボクは、「子ども」という現実的な豊かさから目をそむけ、
 「お金がなくなったら、どうしよう?」という
 漠然とした不安や恐怖心にばかり目を向けていた。
 
・そんなボクは、まるで自分の命をお金に売った「お金の奴隷」だった。
 
・そして「ボクが首をつって、その保険金で家族に生活してもらうのが、
 自分にとっても家族にとっても一番良いのかもしれないなぁ」
 などと考えていた。
 
 
などと書かせていただきました。
 
 
 
       

ノルマに追われる毎日  

 
 
 
 
その頃、ボクは、営業をやっていましたので、  
 
なおさら「お金」に意識が向いていたのかもしれません。
 
 
 
1ヵ月の売り上げ目標(ノルマ)を
 
達成できるかどうかに悪戦苦闘する毎日でした。
 
 
 
達成できなければ、評価が下がり、お給料も下がる。
 
だから、家に帰っても仕事のことを考え、
 
残業してでも、休日出勤してでも、
 
1ヵ月の目標を達成しなければなりませんでした。 
 
 
 
そして、何とか、1ヵ月の目標を達成して、
 
「はあ〜。やれやれぇ〜。 (~_~;) 」と思うのも束の間、
 
その時には、もう、すでに新しい一ヶ月が始まり、
 
新しい月間目標に向かって、ゼロからのスタート。
 
 
 
なので、気の休まる暇がありませんでした。
 
 
 
しかも、市場競争は激しくなり、
 
売り上げを伸ばすのは難しくなる一方。
 
 
 
そんなお金に追われる毎日でしたので、
 
子どもと過ごす時間を心から楽しんだり、
 
思い出に浸ったりして、
 
子どもの存在をかけがえのないものと感じる、
 
余裕がなかったのかもしれません。
 
(´・_・`)
 
 
 
         

人生をお金に捧げ、お金にひれ伏すボク  

 
 
 
そんなボクは、ただ、ひたすらに、
 
家族や老後の「お金」のために、
 
自分の体力と精神力を捧げていたのだと思います。
 
 
 
つまり「お金」に自分の「人生」を捧げ、
 
「お金」にひれ伏して生きていた
 
言っても過言ではないと思います。
 
(´・_・`)      
 
 
 
 

稼ぎの悪いダメなパパ    

 
 
 
また「その時のボクの気持ちは」というと、
 
「稼ぎの悪いダメなパパで申し訳ないなあ。
 
これでは、娘は、シアワセじゃないよなあ。」
 
と、自分を責めボクの子どもとして生まれてきた娘を、
 
「不幸」な娘と決め付けて嘆いていました
 
(´・_・`)      
 
 
 
 

お金にシアワセを依存させていたボク      

 
 
 
ボクは、自分のシアワセも、娘のシアワセも、
 
すべて、お金によって決まるというくらいに、
 
お金にシアワセを依存させていました。
 
 
 
 
お金があれば、ボクも娘もシアワセになれるのに…。
 
でもお金がないから、ボクも娘も不幸だと…。
 
(´・_・`)
 
 
 
 
結局、ボクは、
 
【豊かさ】も、【人生】も、【シアワセ】も、
 
すべて、お金に依存していました
 
 
 
 
そして、娘は、そんなボクに追い討ちをかけるかのように、
 
病気になり、事件や事故を起こして、
 
ボクを経済的・精神的に、窮地へと追い込みます……。
 
 
 
 
また、暗いことを書いちゃってすみません。
 
(´・_・`)
 
 
 
次回は、少し明るいことを書けると思いますので、  
 
よかったら、引き続き、お付き合いくださいね。
 

< お金,社蓄,奴隷,親子関係の悩みへのヒント  -  浜松市の心理カウンセリングサロン "コリトル”  -  >

前回まで、

・ボクの娘は、父親が自分を可愛そうに思って、
 自分の安心・安全を捨て、嫌われるリスクを冒して
 「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。

・子どもは、自分の身の危険を冒(おか)してでも
 父親の自立を助けようとする。

・でも、そんな考え方は、フツウの考え方じゃない。

・ボクが、そんなフツウじゃない考え方を持つようになった、
 最初のきっかけは、娘が生まれる時のことだった。

・妻が帝王切開を拒み、母子共に体力の限界が来た時、
 婦人科の先生が、ボクに赤ちゃんの心音を聞かせてくれた。

・その心音は「わたし生きたい!」「わたし愛したい!」と、
 とても力強く情熱的にボクに訴えていた。

・ただ、娘のその声ならぬ声だけで、
 ボクの考え方がフツウじゃなくなったわけではない。

・その時のボクは、まだ「娘は、自分の安心・安全を捨てて、
 嫌われるリスクも冒して『ふうせん欲しい!』と泣き叫ぶ」という
 変わった考えかたを持っていなかった。 

などと、お伝えいたしました。 

 

 

娘が生まれてからの「豊か」な生活 

 
 
娘が生まれて、ボクはパパになりました。
 
そして、「愛したい!」という声ならぬ声を発してくれた、
 
尊い生命「子ども」を持つことになりました。
 
 
だから、 当然、 ボクは「豊か」になりました
 
 
が、しかし、
 
(´・_・`)
 
 
それなのに…。
(´・_・`)
 
 
ボクは、その「豊か」さを感じることができていませんでした。
 
情けないことなのですが…。
 
(。-_-。)
 
 
それどころか、反対に「出費が増えてしまう」という、
 
漠然とした不安「貧しさ」を感じていました。
 
 
「ボクに、この子を養っていけるのだろうか?」
 
「それだけの経済力が、ボクにあるのだろうか?」
 
「この子の教育費・学費等の経済的負担をボクが背負い切れるのだろうか?」
 
と。
 
 
 
        

お金がなくなったら、どうしよう? 

 
 
 
  今となっては、
 
「子どもはかけがえのない存在。
 
存在そのものが癒やし・安心・豊かさ・シアワセの源(みなもと)。
 
だから、それに比べれば、お金の価値はたいしたものではない。
 
もちろん、お金も貴重で大切だけど、
 
子どもの存在、子どもと過ごす時間や思い出は、
 
お金には替えられない、 お金では買うことができない、
 
豊かさとシアワセをもたらすもの。」
 
 
と、素直に思えるのですが、
 
当時のボクは、つねに「お金」のことを心配していました。    
 
 
 
 
 
 
 
 

 目の前にある子どもという現実から目をそむけ 

 
 
 
ボクの心のどこかに、常に、
 
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」
 
 
という漠然とした不安や恐怖心を抱え、
 
その不安や恐怖心から逃げるために、
 
ボクは生き、仕事をしていたのだと思います。
 
 
 
つまり、
 
「目の前にある子どもという現実的な豊かさ」から目をそむけ、
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」という、
 
「非現実的な不安や恐怖心」にばかり、目を向けて生きていました。       
 
 
 
 
 

 お金がなくなることは死であり、人生の終わり      

 
 
 
それは、ある意味、子どもを養っていくという、
 
正義感・義務感・使命感・責任感の現れであり、
 
悪いことではないはずです。
 
 
 
しかし、当時のボクは、
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」 という漠然とした不安から、
 
「お金がなくなること = 死んでしまうこと」とか、
 
「お金がなること = 人生の終わり」という恐怖心を抱くようになり、
 
「お金のために生きる」ようになっていました
 
 
 
つまり、ボクは、
 
自分の生命をお金に明け渡してしまった、 「お金の奴隷」でした。       
 
 
 
 
 

  お金の不安と恐怖から逃げる方法      

 
 
 
そして、
 
「お金を稼げなくなったら、首をつるしかないなぁ。」
 
(´・_・`)
 
「その保険金で、家族に生活してもらえれば、
 
それが一番、楽かもしれないなぁ。」
 
(´・_・`)
 
などということをよく思っていました。
 
 
 
たぶん、お金の不安や恐怖心から逃げる方法が、
 
他に見当たらなかったから……。
 
(-_-;)
 
 
 
なんだか、暗いことを書いちゃってすみません。 
 
 
 
また、次回に続けたいと思いますので、
 
よかったら、また、お付き合いくださいね。
 
 

おはようございます!

0次元カウンセラー "のぶさん" です!

またまた、お久しぶりになってしまいましたが、

この間、いかが、お過ごしだったしょうか?

 

最近、こちら浜松は、ずーっと、良いお天気です。(^_^)

朝晩は、かなり冷えるのですが、

日中はよく晴れて、気温が上がり、

暑がりなお客様がお部屋に来られた時は、

少し、エアコンを入れてしまうくらいに、

ポカポカして気持ちの良い日が続いております。

(^_^)

 

自分のことが分からない

 

ところでなんですが、

「自分のことがよく分からない」

というご相談内容が、

結構、多いなあと、

最近、感じたりしております。

 

  自分は奴隷? 自分はロボット? 自分は機械?

具体的には、

「自分は、いったい何をやっているんだろう?

やりたくないことや、

やらなきゃいけないことを、

会社に言われるままにやっているだけ?

旦那(妻、家族)の要求に応えているだけ?

自分は、会社の奴隷?

自分は、旦那(妻)の奴隷?

自分は、ロボットと一緒?

自分は、機械と一緒?」

というような気持ちを潜在的に感じ、

自分の良さや価値を感じられないストレスを、

抱えていらっしゃるようにも見えます。

 

自分の良さや自分の価値を感じられないストレス

 

ボクも、子どものころ、

「自分は、ただの操り人形なんだなあ」と、

つくづく感じ、

太宰治の本「人間失格」に傾倒し、

自分の無力感や、

未来への絶望感に、

どっぷりと浸っておりましたので、

お気持ちは分かるような気がしております。

(´・_・`)

 

あなたはナミ !?

 

それで、たとえば今、ボクがご相談者様から、

「私って、いったい、何なんでしょう?」

と、質問されたら、

ボクは、山のようにたくさんの答えを、

お話ししたくなると思うのですが、

その中の一つが、

「あなたはナミ」

です。

つまり、ご相談者様に、

「あなたに、

ご自身がナミであることを、

自覚していただきたいと思っています。」

と、お話ししたくなると思います。

ワンピースを存知ですか

 

ナミと言っても、ワンピースのナミさんではありません。

と言いますか、その前に、

ワンピース(one piece)というアニメ(漫画)をご存知でしょうか?

http://fod.fujitv.co.jp/s/genre/anime/ser5645/

実は、僕は、ほとんどテレビを見ません。

特に、「漫画やアニメは、非現実な

ただの妄想で、何の役にも立たない!」

という、とても冷めた気持ちが、

小学5年生くらいのころに芽生えてしまって、

それ以来、ほとんど見なくなりました。

(´・_・`)

が、僕が尊敬してやまない、

日本ヨーガ瞑想協会会長の綿本彰さんが、
https://yoga.jp/

よく「ワンピース」のお話をされるので、

「先生が言うなら、ちょっと見てみようかな?」

と思って観たら、

そのまま、ハマってしまいました。

(^_^;)

 

One piece と One peace

 

何で、そんなに魅力を感じてしまったんだろうか?

という、その理由は、たくさんあると思うのですが、

その中の一つとして、

「世界には、同じものは、何一つない。

けれど、その異質なる固体
(one piece)

が、お互いに調和して、

1なる平和な世界・宇宙
(one peace)

を作り上げている」

というヨーガの世界観と、

漫画「ワンピース」の世界観が、

共通しているからのような気がしています。

 

と、また、自分のことばかり書いていたら、

長くなってしまったので、

また、次回に、続きを書きますね。

 

いつも、余談が長くてすみません。

最後までお付き合いくださり、

本当にありがとうございます。

あなたの健康とお幸せを祈っております。

 


 

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