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ヨガとは死ぬ練習

    ヨガの経典「ヨガスートラ」は、

   「ヨガとは心の止滅なり、心の働きが止まった時、本当の自分が現れる。」

   と私たちに語ります。

   つまり、ヨガとは   【   止滅する練習   】だと言えます。

   そして、【   止滅できると、幸せと豊かさが手に入る。】と、ボクは思っています。

   だから、あなたにも、【   止滅する練習   】をしてもらいたい。

   もう少し、簡単に表現するなら、

   あなたに、【   死ぬ練習   】をしてもらいたい。

   そして、幸せ・豊かさを手に入れてもらいたい。

   そう思っています。

 

 

 

 


 1. なぜ、死ぬ練習が必要なのか?

 

 

 


 2. 具体的に、死ぬ練習とは、どういう練習なのか? 

 

 

 


 3. なぜ、死ぬ練習をするとシアワセが手に入るのか? 

 

 

 


 4. なぜ、死ぬ練習をすると豊かさが手に入るのか?

 

 

 

 


 

 

「本当のあなたが見つかる奇跡の0次元カウンセリング」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当の自分が分からないあなたに。

 

本当の自分が分からないことは、とても素晴らしいことです。

本当の自分が分からないということは、すでに、あなたが、本当の自分を見つけられるということだからです。

本当のあなたは、あなたの既成概念や常識を超越しています。

本当のあなたは、とんでもなく、素晴らしいあなたです。

本当のあなたは、無限の愛と、唯一無二の個性・才能を持っています。

これから、そんなあなたに出会えるということが、すなわち、本当の自分が分からないということです。

だから、本当の自分が分からないことは、とても、素晴らしいことです。

 

 

 

 

僕は、「性悪説」という「観念」を持って生きてきました。

分かりやすく言うと、「人間なんて、所詮、自己中心的な生き物だ。」という「観念」を持って生きてきました。

つまり、人間は、結局、自分のことが一番かわいいし、いざとなったら、他人を犠牲にしてでも、他人を殺してでも、自分が生き残ろうとする。

それが、人間なのだ。

意識的にせよ、無意識的にせよ、ボクは、そんな「観念」を持って生きてきました。

そして、人間は、汚い。

人間は醜(みにく)い。

そう思っていました。

だから、そんな汚い自分、醜い自分を、否定することが、良いことだと思っていました。

僕は、自分を大切にすることは、悪いことだと思っていましたし、自分を優先することに、罪悪感を感じていました。

そして、常に、他人より、自分を大切にしてはならない。

何か、人様の役に立っていなければならない。

そう思うようになっていました。

そうしなければ、自分に価値はない。

人の役に立っていない自分は、生きていてはならない。と…。

そうして、結局、 病気になってしまいました。

そして、結果的に、家族のために、お金を稼ぐこともできない。

のみならず、治療費用で、さらに、家計を圧迫するという状況に追い込まれました。

その時、僕は「死にたい。」と思いました。

人様の役に立たない自分には、生きる意味もない。

人様の役に立たない自分に、価値はない。

だから、生きていることは、悪いこと。

だから、死ぬべきだ。 そう思いました。

そんな風に、「観念」は、人を死に追い込むほどに、恐ろしいものなのだと思うのです。