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  なぜ、話すだけで、人は変わるのか?  

 

なぜ、話すだけで、人が変わるのかというと、

‪あなたの話す言葉に、あなたを変える力が宿っているからです。

つまり、あなたの言葉は、状況を変化させるパワーを持っているということです。

 

あなたの言葉とは、あなたのハート・あなたの魂が、この世に現れたものです。 ‪

‪あなたの言葉が、あなたを癒やし、あなたの問題を解決し、愛する力を与えます。‬

のぶさんは瞑想(0次元)状態でカウンセリングを行います。

なので、あなたが、のぶさんと話す時、あなたはあなたのハート(魂)と会話することになります。

 

 

もしかすると、あなたのハート・あなたの魂から出た言葉は、あなたにとって異質なものと、感じるかもしれません。

でも、あなたの言葉であるという事実に変わることはありません。

なので、あなたの言葉が、あなたを癒やし、あなたの問題を解決し、あなたに愛する力を与えます。

 

 


 

★カウンセリング メッセージ集★

カウンセリングについて

「本当のあなたが見つかる心理カウンセリング」
「なぜ、話すだけで人は変わるのか?」
「来談者中心療法とは?」
「観念書き換え療法とは?」
「家族トラウマ解消療法とは?」
「アファメーション療法」
「ビジネスカウンセリングとは?」
「無責任なカウンセリング

 

考え方・感情について

「ストレス(ネガティブな感情)とは?」
「陽転思考」
「思考は現実化する」
「観念の恐ろしさ」
「過去の感情を癒やす」
「価値観の違いに感謝する」

人間関係について

「愛されないから満たされないのではありません。」
「人間関係のマトリックス」
「あなたは無限の愛」

 

恋愛・夫婦生活・パートナーシップについて

「なぜ、この人と結婚したのでしょうか?」

 

自分自身について

「あなたの本質は愛です。」
「あなたはすでに」
「自己中?それとも自己犠牲?」
「自分以外の人になろうとしていませんか?」
「本当の自分が分からないあなたに。」
「自分が嫌いなあなたに。」

 

健康について

「拒食症と過食症」     

 

 

 

過食や拒食で悩まれている方も多いことと思います。  

 

過食も拒食も、自分ではコントロールできないから困っている。  

 

なのに、人からは、「意思が弱いからだ。」と言われ、傷つき自己嫌悪に陥ってしまう。  

 

そんな人が少なくないようです。      

 

自分では、コントロールできないということは、「顕在意識」を超えた「潜在意識」が、過食や拒食をさせているということかもしれません。  

 

潜在意識は、親を愛しています。   食にまつわる潜在意識は、特に母親を愛しているようです。  

 

なので、あなたは、お母さんのために過食や拒食をしてしまっているのかもしれません。      

 

つまり、あなたは、お母さんを愛するがゆえに、お母さんを守りたいが為に、お母さんを助けたいが為に、過食や拒食をしているのではないでしょうか?

 

 

 

                       

 

僕は、「性悪説」という「観念」を持って生きてきました。

分かりやすく言うと、「人間なんて、所詮、自己中心的な生き物だ。」という「観念」を持って生きてきました。

つまり、人間は、結局、自分のことが一番かわいいし、いざとなったら、他人を犠牲にしてでも、他人を殺してでも、自分が生き残ろうとする。

それが、人間なのだ。

意識的にせよ、無意識的にせよ、ボクは、そんな「観念」を持って生きてきました。

そして、人間は、汚い。

人間は醜(みにく)い。

そう思っていました。

だから、そんな汚い自分、醜い自分を、否定することが、良いことだと思っていました。

僕は、自分を大切にすることは、悪いことだと思っていましたし、自分を優先することに、罪悪感を感じていました。

そして、常に、他人より、自分を大切にしてはならない。

何か、人様の役に立っていなければならない。

そう思うようになっていました。

そうしなければ、自分に価値はない。

人の役に立っていない自分は、生きていてはならない。と…。

そうして、結局、 病気になってしまいました。

そして、結果的に、家族のために、お金を稼ぐこともできない。

のみならず、治療費用で、さらに、家計を圧迫するという状況に追い込まれました。

その時、僕は「死にたい。」と思いました。

人様の役に立たない自分には、生きる意味もない。

人様の役に立たない自分に、価値はない。

だから、生きていることは、悪いこと。

だから、死ぬべきだ。 そう思いました。

そんな風に、「観念」は、人を死に追い込むほどに、恐ろしいものなのだと思うのです。