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ご相談者様から、  

「のぶさん!  

私、ヤバイです。  

(・_・;  

ワクワクとニヤニヤが止まらないんですぅ!  

ハタから見たら、怪しい人ですよねぇ?」  

と言われたので、  

「はい!完全に怪しい人です!」  

(^_^)  

なんて、とても幸せな会話を楽しませていただきました。  

ぜひ、あなたも、ボクと一緒に、“怪しい人”  

になってくださいね。  

なんっちゃって。  

(^_^;)  

 

 

 

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なぜ、自己愛が大切なのか?  

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ところで、  

今日は、「なぜ、自己愛が大切なのか?」というテーマなんですが、  

よく、こんなお悩みをお聴きします。  

「どうしたら、幸せにしてあげられるんでしょうか?」  

と。  

それで、ボクが、  

「あなたが幸せになれば、相手のかたも自動的に、幸せになると思います。」  

とお応えすると、  

「相手のかたに幸せになってもらうことこそが、私の幸せなんです。」  

と、ご自身のポリシーをお話しになります。  

特に、年配のご相談者様と、このような会話になりがちです…。  

 

 

 

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自己中は悪    

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なぜ、そんな会話になってしまうのかというと、  

「自己中は悪。自己犠牲は善。」という  

価値観・観念を持っていらっしゃるからだと  

ボクは感じています。  

実際、ボクが、  

その価値観・観念の、超熱狂的な信者でした。  

(・_・;  

そして、「自己中は悪。自己犠牲は善。」という  

価値観・観念を信じた結果が、  

「心も体も燃え尽きちゃった。」でした。  

相手を幸せにするというゴールを達成できずに…。  

(´・_・`)  

 

 

 

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自己愛って簡単?  

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その後、自分を認め、自分が好きになり、  

自己愛できるようになると、  

運が良くなり、健康も人間関係もお金も良い方向に流れ始めたのですが、  

やっぱり、自己愛って、  

簡単ではありませんでした。  

自分に良いところがあるなんて思えない。  

自分に存在価値があるなんて思えない。  

自分の楽しみのために、お金や時間を使うことに罪悪感を感じてしまう…。  

 

 

 

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一番の親孝行は、「シアワセェ〜〜!」  

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でも、ある時、転機が訪れました。  

なぜか、子どもが「ワタシ、幸せぇ〜〜!」と言って、  

微笑んでいるイメージが、思い浮かぶようになりました。  

そして、それをイメージすると、  

ボクの目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。  

そんな体験を何度もしました。  

それから、ボクは、  

「あ〜!シアワセェ〜〜!」と心から叫ぶことが、  

一番の親孝行だ、と思うようになりました。  

 

 

 

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「あ〜!シアワセェ〜〜!」ができると、あとは、自動的。  

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「あ〜!シアワセェ〜〜!」  

になるためには、「無×ワクワク×シンクロ」という、いつものお話になっちゃうのですが、  

それが、できた時には、  

無理に意識しなくても、  

人様のシアワセを願うようになって来ました。  

「あ〜!シアワセェ〜〜!」  

が、できると、自動的に人様の良いところを見てしまうようになりました。  

「あ〜!シアワセェ〜〜!」ができると自動的に人様が豊かになることを祈るようになりました。  

だから、  

「どうしたら、幸せにしてあげられるんでしょうか?」  

というご相談には、  

「あなたが幸せになれば、相手のかたも自動的に、幸せになると思います。」  

とお答えしています。  

長くなっちゃって、すみませんでした。  

ぜひ、ボクと一緒に、怪しい人になってくださいね。  

(・_・;  

 

 

あなたのお幸せを祈っております。 

 

 

「本当のあなたが見つかる奇跡の0次元カウンセリング」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたは、自己中タイプでしょうか?   それとも、自己犠牲タイプでしょうか?

 

あるご相談者様は、自己犠牲タイプでした。

 

「自分を犠牲にして、他人のために生きることが良いことだ」という観念をもっていらっしゃいました。

 

そのかたにとっては、それが常識です。

 

「自分を犠牲にして、他人のために生きることが良いこと。

 

そんなこと、当たり前。

 

だから、今更、考え直す必要も、疑ってみる必要もない。」と思い込んでいらっしゃいます。

 

そして、結果的に、ご自身の体調を壊してまでも会社のために働き続けてしまいました。

 

 

例えば、誰かにお誕生日プレゼントしようとする時、 「どれくらいの予算にしようかなあ?」と考えることがあるかもしれません。

 

2,000円くらいにしようかな?

 

それとも、5,000円くらい?

 

いやいや、10,000円くらい?

 

2,000円じゃ自己中だけど、10,000円なら、自己犠牲過ぎる。

 

だから、5,000円にしようなどと考えることもあるかもしれません。

 

が、とにかく、相手を喜ばせるためには、自分の身銭を切らなければならない。

 

つまり、相手を喜ばせるためには、自分を犠牲にしなければならないと思うことは、ある意味、自然なことなのかもしれません。

 

しかし、本当にそうなのでしょうか?

 

 

 

例えば、クッキーを焼くことが、趣味の人がいます。

 

その人は、暇さえあれば、いろんな種類のクッキーを焼きます。

 

すると、クッキー作りが、どんどん上達します。

 

その人が、最高に美味しいクッキーを誕生日プレゼントするとしたら、趣味としてクッキーを焼き続けたことは、 自己中なのでしょうか?

 

それとも自己犠牲なのでしょうか?

 

また、ある人は、魚釣りが大好きでした。

 

暇さえあれば、魚釣りに出かけます。

 

すると、どんどん、釣りの腕前が上がります。

 

そして、お誕生日に、最高においしいお魚をプレゼントすることができました。

 

また、別の人で、ギターの弾き語りが大好きな人がいます。

 

その人は、暇さえあれば、ギターを弾きながら歌を歌います。

 

そして、どんどん、上手になって、感動的なバースデーソングをプレゼントしました。

 

 

 

つまり、人を喜ばすためには自分を犠牲にしなければならないという思い込みを一度疑ってみていただけたらと思うのです。

 

そして、「世界に一つだけの花」の歌詞のように、その花を咲かせることに一生懸命になることは、 一見、自己中のようだけれど、人を喜ばせることになるということも、考えてみていただけたらと思うのです。