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6番目 「宇宙とのつながりを実感する。」

 

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わくわくとシンクロの波に乗って生きていると、

夢が叶う幸せや、願望が達成する喜びを味わいます。

と同時に、わくわくもシンクロも、

自分の力ではないことが分かってきます。

 

つまり、夢や願望は、自分のチカラではなく、

宇宙のチカラで叶うということが分かるようになります。

 

 

それと、同時に、

宇宙とのつながりが分かってくると、

心配事がなくなってきます。

 

 

お金が自分を護ってくれるより、

宇宙が自分を護ってくれる方が安全安心だと感じるようになります。

 

 

なので、お金の悩みや、不安・心配が消えていきます。

 

 

▶NEXT
7番目「自分が愛・才能・価値を創造していることに気づく。」

 


 

自分を好きになる方法

1番目 「無になれることを感じる。」

2番目 「無の時間を気持ちよく味わう。」

3番目 「無から有が生まれる。」

4番目 「わくわくがシンクロを引き寄せる。」 

5番目 「シンクロの流れに乗る。」

6番目 「宇宙とのつながりを実感する。」

7番目 「自分の愛・才能・価値を認められるようになる。」

8番目 「自分の愛・才能・価値をギフトとして与え、純粋な愛で人とつながるようになる。」

 

 

 

僕は、「性悪説」という「観念」を持って生きてきました。

分かりやすく言うと、「人間なんて、所詮、自己中心的な生き物だ。」という「観念」を持って生きてきました。

つまり、人間は、結局、自分のことが一番かわいいし、いざとなったら、他人を犠牲にしてでも、他人を殺してでも、自分が生き残ろうとする。

それが、人間なのだ。

意識的にせよ、無意識的にせよ、ボクは、そんな「観念」を持って生きてきました。

そして、人間は、汚い。

人間は醜(みにく)い。

そう思っていました。

だから、そんな汚い自分、醜い自分を、否定することが、良いことだと思っていました。

僕は、自分を大切にすることは、悪いことだと思っていましたし、自分を優先することに、罪悪感を感じていました。

そして、常に、他人より、自分を大切にしてはならない。

何か、人様の役に立っていなければならない。

そう思うようになっていました。

そうしなければ、自分に価値はない。

人の役に立っていない自分は、生きていてはならない。と…。

そうして、結局、 病気になってしまいました。

そして、結果的に、家族のために、お金を稼ぐこともできない。

のみならず、治療費用で、さらに、家計を圧迫するという状況に追い込まれました。

その時、僕は「死にたい。」と思いました。

人様の役に立たない自分には、生きる意味もない。

人様の役に立たない自分に、価値はない。

だから、生きていることは、悪いこと。

だから、死ぬべきだ。 そう思いました。

そんな風に、「観念」は、人を死に追い込むほどに、恐ろしいものなのだと思うのです。

 

 

 

あなたは、自己中タイプでしょうか?   それとも、自己犠牲タイプでしょうか?

 

あるご相談者様は、自己犠牲タイプでした。

 

「自分を犠牲にして、他人のために生きることが良いことだ」という観念をもっていらっしゃいました。

 

そのかたにとっては、それが常識です。

 

「自分を犠牲にして、他人のために生きることが良いこと。

 

そんなこと、当たり前。

 

だから、今更、考え直す必要も、疑ってみる必要もない。」と思い込んでいらっしゃいます。

 

そして、結果的に、ご自身の体調を壊してまでも会社のために働き続けてしまいました。

 

 

例えば、誰かにお誕生日プレゼントしようとする時、 「どれくらいの予算にしようかなあ?」と考えることがあるかもしれません。

 

2,000円くらいにしようかな?

 

それとも、5,000円くらい?

 

いやいや、10,000円くらい?

 

2,000円じゃ自己中だけど、10,000円なら、自己犠牲過ぎる。

 

だから、5,000円にしようなどと考えることもあるかもしれません。

 

が、とにかく、相手を喜ばせるためには、自分の身銭を切らなければならない。

 

つまり、相手を喜ばせるためには、自分を犠牲にしなければならないと思うことは、ある意味、自然なことなのかもしれません。

 

しかし、本当にそうなのでしょうか?

 

 

 

例えば、クッキーを焼くことが、趣味の人がいます。

 

その人は、暇さえあれば、いろんな種類のクッキーを焼きます。

 

すると、クッキー作りが、どんどん上達します。

 

その人が、最高に美味しいクッキーを誕生日プレゼントするとしたら、趣味としてクッキーを焼き続けたことは、 自己中なのでしょうか?

 

それとも自己犠牲なのでしょうか?

 

また、ある人は、魚釣りが大好きでした。

 

暇さえあれば、魚釣りに出かけます。

 

すると、どんどん、釣りの腕前が上がります。

 

そして、お誕生日に、最高においしいお魚をプレゼントすることができました。

 

また、別の人で、ギターの弾き語りが大好きな人がいます。

 

その人は、暇さえあれば、ギターを弾きながら歌を歌います。

 

そして、どんどん、上手になって、感動的なバースデーソングをプレゼントしました。

 

 

 

つまり、人を喜ばすためには自分を犠牲にしなければならないという思い込みを一度疑ってみていただけたらと思うのです。

 

そして、「世界に一つだけの花」の歌詞のように、その花を咲かせることに一生懸命になることは、 一見、自己中のようだけれど、人を喜ばせることになるということも、考えてみていただけたらと思うのです。