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【罪悪感があるからよ。】

しばらくしてから、また、コトハはゆっくり「基礎知識の講義」を始めた。

「実際、お兄ちゃんの体の中でも、その当たり前で、普通のこと、つまり、生かし合いと助け合いが、毎日、行われているの。

例えばお兄ちゃんが御飯を食べると、お兄ちゃんの頭や手や足が、胃袋に献血するの。

お兄ちゃん、知ってた?お兄ちゃんの頭や手や足が、『胃袋さん、消化、ご苦労様!これっぽっちしかないけど…。ボクの血液を使って。』って言って、自分の血液を胃袋さんに献血しちゃうのよ。これって、凄くない?

そうやって、体の中でも各器官がお互いに助け合って、生かし合っているの。そして、その助け合いや生かし合いを、当たり前にふつう~に、やってるのが…。誰だか分かる?

それが、お兄ちゃんなの!お兄ちゃんも、捨てたもんじゃないわね~。」と、僕の答えを待つこともなく、コトハは淡々と話し続ける。

僕は、コトハの話についていけてない…。

確かに頭では、分かるような気がする。

僕の思った通りに、コトハが動き、コトハが思った通りに、僕が動いているのかもしれない。だから、僕とコトハは一つ、と言えなくはないのだろう。

確かに、植物がなくなれば、僕も、動物も生きていけない。だから、僕も動物も植物も一つ、と言えなくはないのだろう。

確かに、食べたものを消化しているのは、胃袋だけではない。他の各器官も、消化するために血液を、胃袋に提供している。だから、胃袋も体の各器官も一つと言えなくはないのだろう。

それが現実。そう考えると、何故か胸の奥が温まるような安堵感や平和な気持ちを感じる自分もいる。

でも、何故か、素直にコトハの言葉を受け入れられない。腹の底から「確かにその通りだ」とは思えない。

「何故だろうか?」

その時、コトハが言った。

「罪悪感があるからよ。」

セミの声が、また、聴こえなくなった。

 

 

つづく

 

 

【あたり前で普通のこと】

ミーン、ミー、ミー、ミー…。

セミの声が、やけにうるさい。

僕の頭は混乱している。

「僕が?コトハを?『思い通りに』?動かしている?どういうこと?」

茫然としている僕に、コトハは穏やかな声でゆっくり続けた。

「逆に、コトちゃんがお兄ちゃんの体を動かしたこともあったよね?」

「えっ?そんなことあった?オレが、コトちゃんに動かされたってこと?」

「うん、そうよ。コトちゃんが小さかった時、コトちゃんよく公園でいじめられてたよね。それでお兄ちゃん、よく助けに来てくれたじゃない。」

「はあ?コトちゃんがいじめられてたら、助けに行くなんて、別に当たり前っつうか普通のことじゃん。」と、僕は、混乱していたが、力なく応えた。

すると、コトハが力強い声を出した。

「さすがお兄ちゃん!良いこと言うわ!

その当たり前で普通のことが、ぜーんぶ『一つ』っていうことなの!

当たり前で、普通だから、なかなか、そのことに気づけないのよ!」

まだ、僕は混乱している。

コトハの言葉が耳に入るのを拒もうとする自分が、自分の中のいる。

「僕が『コーヒーを飲みたい』と思ったから、コトハがコーヒーを持ってきた?

コトハがいじめられ、『助けて欲しい』と思ったから、僕がコトハを助けに来た?

表現を変えれば、僕が思った通りに、コトハの体が動き、コトハが思った通りに、僕の体が動いている。そういうことを、コトハは言いたいみたいだ。

さっき、僕は、『オレはコトちゃんの体を動かせない。だから、オレとコトちゃんが、一つっていうのは、おかしい。オレとコトちゃんは、別個な存在で、それぞれが、自由にバラバラに動いている。』と、自信を持って言った。

しかし、僕の言ったことは、間違っていたのだろうか?もしかすると、僕は、今まで、間違った常識を持っていたということなのだろうか?」

僕は、自分が否定されたように感じた。コトハの言うことを拒もうとしている自分がいる。

しかし、『僕の思った通りに、コトハが動き、コトハが思った通りに、僕が動いている。それが、現実。』

そう考えると、それだけで、何故か、胸の奥が温まるような不思議な感覚がある。

温かな両手を胸に当てたような…。

『僕が思った通りに、コトハが動き、コトハが思った通りに、僕が動いている。それが、現実。』

なぜなのかはわからない。とにかく、そのことを想像すると、肩の力が抜けるような安堵感を覚える。うるさかったセミの声も、心地よく感じる。

セミが、僕の暑さをまぎらすために鳴いてくれている…。

ミーン、ミー、ミー、ミー…。

 

 

つづく

 

 

【もう一つの質問】

 

 

落ち込んでいる僕を励ましたいのか、それとも、僕の気持ちを全く察していないのかは分からないが、コトハは明るい声を出して言った。

「それじゃあ、お兄ちゃん、もう一つ質問ね!

頭を柔らか~くして。想像してみてね~。」

コトハは、また、ニヤニヤしている。

 

「じゃあ、行くよ~。

お兄ちゃんは、今まで、何年生きて来たのでしょうか?」

「何年って、24年に決まってんじゃん。24歳なんだから…。」と、僕が、いじけたような力のない声で答えると、コトハは、僕をからかうかのように言う。

「ブブブブッ、ブブブブッ~!お兄ちゃんは、全然、分かってないね~!コトちゃんの話をちゃんと聴きなさい!」と、僕の頭を軽く叩くのだった。

「さっき、人は永遠に生き続ける、って言ったじゃない!」

「永遠に生き続ける?」と冴えない声で、僕が応えると、

「そうよ!

だから〜、お兄ちゃんは何年生きてきたのでしょお~か?」

と、コトハは、『もう一つの質問』を繰り返した。

「ん?オレが生まれる前から、オレは生きてきたって、オレに言わせたい…?」

と、僕が言い終わるか終わらないうちに、

「ピンポン!ピンポン!ピンポーン!」

と、コトハは、また、からかうように言い、「だから、お兄ちゃんは、何年、生きてきたのでしょ~うか?」と更に『もう一つの質問』を繰り返した。

「え、そんなの分からないよ。」という僕に、コトハは、得意げな表情をして、説明を始めた。

「『約10万年前に、ヒトはアフリカで誕生した。』という説が、今、一番有力なの。だから、お兄ちゃんも、コトちゃんも、10万年生きてきたの。つまり、お兄ちゃんも、コトちゃんも、10万歳なの!」

からかうように話すコトハの笑顔に、僕の気持ちも少し晴れてきた。

そして、「よく分かんないけど、まあ、そういうことにするかっ?」と、僕は照れ笑いで返した。

庭のヒマワリたちも笑っている。

 

 

 

つづく