【お兄ちゃんの素晴らしさに気づかせてなるものか!】
コトハは、語気を強めて言う。
「お兄ちゃんは、確かに勉強もできない。仕事もできない。お金も稼げない。
でも、お兄ちゃんには、優しさが『ある』の。お兄ちゃんには純粋さが『ある』の。」
「褒めてるんだか、けなしてるんだか、分かんないんだけど…。」と、いじけるように応える僕。
「褒めてんのよ!コトちゃんも、そんなお兄ちゃんに何度も、助けられたわ!
コトちゃんが引きこもっている間、お兄ちゃんは、本当に優しかった!
お兄ちゃんはコトちゃんを一度も馬鹿にしなかった!
引きこもっているコトちゃんを、ただそのまま受け容れてくれた!
コトちゃんを信じてくれた!
お兄ちゃんはお父さんやお母さんに、こう言ってくれた。『まあ、コトちゃんもそういう時なんだろ。コトちゃんにも何か訳があるんだろう。コトちゃんがお父さんお母さんを大切にする気持ちに変わりはないんだから、大丈夫だろ。』って。」
「そんなの、別に普通だし。オレだって、よく凹んで引きこもってるし…。」と、僕はコトハをかばうように言った。
「まだお兄ちゃんは、そんなこと言ってる~!
罪悪感はお兄ちゃんに、自分の素晴らしさを気づかせないようにしてるの!
お兄ちゃんが、お兄ちゃんの素晴らしさに気づいたら、お兄ちゃんは幸せになってしまう!
だから、『お兄ちゃんの素晴らしさに気づかせてなるものか!』って、罪悪感は、必死に、お兄ちゃんにウソをついてる。
『お兄ちゃんには、価値がない。お兄ちゃんが素晴らしいわけがない。』って、お兄ちゃんの耳元で『コソコソコソコソ』囁き続けているのよ!」
「だから、その『コソコソコソコソ』はやめろっつうの。」と、僕はツッこんだ。
が、コトハは、僕の突っ込みに反応しない。相変わらず静かに力強く話を続ける。
「罪悪感は、そうやって、お兄ちゃんに不幸を選択させる。
そして、罪悪感はよく『完璧主義』を利用する。
罪悪感が、『お兄ちゃんは完璧じゃない』って囁くの。
『お兄ちゃんには完璧なやさしさが無い。お兄ちゃんには完璧な純粋さがない。だから、お兄ちゃんはダメなんだ。』って。
いくらお兄ちゃんの純粋さや優しさが、コトちゃんを救ったとしても、罪悪感が『お兄ちゃんの優しさや純粋さは完璧じゃない』って囁くの。
そうして、『お兄ちゃんは価値がない』っていうウソをお兄ちゃんに信じ込ませているの!」
と言い終ったところで、コトハが「ハッ」としたような表情をして言った。
「アイスコーヒー。もう一杯持ってくるね。」
また僕は、コトハに心の内を見透かされた。
僕が「ちょっと疲れた。一休みしたい。」と思ったからだ。
セミは、まだ、元気に鳴いている。
ミーン、ミー、ミー、ミー、ミー…。