【コトハの影響を受けた僕は】
「アイスコーヒー。もう一杯持ってくるね。」と言ったきり、コトハはなかなか戻ってこなかった。が、僕にとってそれは好ましい状況だった。とにかく、少し一人で考えたかった。
コトハの影響を受けた僕は、「たぶん、僕が一人で考えたいと思っているから、コトハは戻ってこないのだろう。」と考えるようになっていた。
僕はユリと一ヶ月前に別れた。僕は「マイホーム、海外旅行、新車という、経済力がないとダメだ。」と思うようになっていた。
コトハの言う通り、僕は「自分に価値がない。自分は完璧じゃない。」と思っていた。でも、何で、そんな風に思ってしまったのだろうか?
コトハは、「ケアレスウィスパーが僕にウソを信じ込ませた。ケアレスウィスパーが『僕は価値がない。』『僕の純粋さや優しさも完璧じゃない。』というウソを僕に信じ込ませた。僕が、そのウソを信じたから、僕は、ユリと別れるという不幸を選択した。」と言う。
そんな話、信じられない。
でも、確かにユリは言っていた。
「別に、いいのよ。お金が足りない時は、私がバイトするから大丈夫。別に贅沢しなくても、ノリくんの優しさや純粋さが私は好きだから。」と。
それなのに、なぜ、僕はユリの言葉を受け容れなかったのだろうか?
なぜ、僕はユリの言葉を信じなかったのだろうか?
僕は、ユリの言葉を信じる代わりに罪悪感とケアレスウィスパーのウソを信じた。つまり、僕はユリを捨てた。そして、その代わりに罪悪感とケアレスウィスパーを選んだ。
確かにコトハが言う通り、本当の僕はただユリと楽しい会話をしたかった。
本当の僕はマイホームが欲しかったわけではなかった。
本当の僕は海外旅行に行きたかったわけでもなかった。
本当の僕はユリがいてくれるだけで、十分幸せだった。
贅沢を言うなら、ウィンナーペペロンチーノと一本の缶ビール、そしてギターがあれば、それ以上の贅沢は、僕には必要なかった。
なぜ、僕は、自分の気持ちを正直に伝えなかったのだろうか?
なんで、僕は、本当の自分を伝えようとしなかったのだろうか?
なぜ、僕は「コソコソコソコソ」と囁くケアレスウィスパーの声を信じ、ユリを裏切ってしまったのだろうか?
こんなことを考えても、もう、別れてしまったのだから仕方が無いか…。
と思いながらも、ユリを信じなかったことと、正直な気持ち、素直な気持ちを、ユリに伝えなかったことが悔やまれた。