続・幸せの方程式 (14)
【 潜在意識④ あちらの世界 】
僕が正気に戻るのを待ち、シャンカールは低く落ち着いた声で、話を再開した。もう、シャンカールの表情に、ニヤニヤはない。
「しかしねえ、彼女も孤独なのだよ。」
「えっ?」と言って、顔を持ち上げた僕はアンミツが行った先を目で追った。
もう、彼女が通り過ぎて、3分以上が経過している。それなのに、彼女はまだ公園の中をウロウロ歩いている。
しかも、よく見ると、やけにやせ細っている。
「前から見た彼女と、後ろから見た彼女がこんなに違うのだろうか?」
彼女は向こうのベンチに行って、例の写真雑誌「マンデー」をベンチの上に置き、また、こちらに向かって歩いて来ている。
しかし、先ほどのアンミツとは違い、歩く力が弱々しい。
「彼女は、何をやっているんですか?」
「仕事だ。
ユウは、彼女に気付いて、写真雑誌を元に戻そうとしたが、あの雑誌を欲しがる男もいるんだよ。
そういう男からお金をもらって、毎日、毎日、彼女は稼いでいる。
来る日も、来る日も。
実は、彼女は、こちらの世界に来る前に『孤独』を選んでしまったのだよ。
彼女のご主人は、某ベンチャー会社の社長。
美しい彼女は、ご主人から愛されていた。
しかし、或る日、突然ベンチャー会社が倒産。
ご主人はタクシードライバーとして、最低限の生計を立てた。
ところが、彼女は、その最低限の生活に満足できなかった。
ご主人は、精一杯頑張っていたというのに…。
彼女は、そのうち、40歳も年上の大金持ちの男性と付き合い始め、ご主人とは離婚。
大金持ちとの短い結婚生活の後、莫大な遺産を相続し、ゆとりのある生活を送った。
彼女にとって、それは、玉の輿に乗ることに成功した幸せな(?)人生だった。
しかし、彼女の人生は、お金との結婚そのものだった。
もし、彼女がご主人と苦労を分かち合っていたなら、こちらの世界に来ても、ご主人と仲良く、笑いながら暮らすことができたのだが、彼女にとって、セレブな生活を失い、他人から蔑(さげす)まれることは、何よりも恐ろしいことだった。
その結果が、あれだ。彼女は、あちらの世界では裕福で幸せそうだったが、こちらの世界では、こうだ。
彼女は、これからも、孤独に働き続ける。」
「でも、女性って、男性に経済力を求めるし、経済力が結婚の第一条件になるのは、普通なんじゃないんですか?」
僕は、尋ねた。
「確かにそうだ。お金が無くなることに、とてつもない恐怖を感じるのが人間というものだ。
だから、経済力のある男性を求める。
それが悪いことだとは言わない。
しかし、愛情よりお金を優先してしまうと…。」
と言い、シャンカールは視線を遠くに移した。
また、別の人物が公園の中に入って来る。
「お酒を呑んで酔っ払っているのだろうか?」
太陽に照らし出された黒い影法師(かげぼうし)のようなその人物は、今にもバランスを崩しそうになりながら、右へ、左へ、前へ、後ろへ、ヨロヨロよろめきながら、ひざを90度近くまで曲げて千鳥足で歩いている。