幸せの方程式(22)
【+-ゼロ=無=光 ② 不幸を食べる】
シャンカールの優しさを感じた僕は、徐々に落ち着きを取り戻した。
「でも、僕はどうすれば…。」僕はうつむいたまま、独り言をこぼした。
「不幸を呑み込んでしまいなさい。不幸が無くなるまで不幸を食べてしまいなさい。そうすれば、不幸が無くなる。」
と、シャンカールが静かに答える。
「えっ? 不幸を食べてしまう…?不幸を食べれば不幸が無くなる…? はぁ…?」
僕は、顔を上げ、冗談みたいなことを真顔で言っているシャンカールの顔をじっと見た。
シャンカールは表情を変えることなく、机の上に用意されていた、シナモンの香りがするインドのミルクティー「チャイ」を、ティーポットからカップへと静かにゆっくりポトポト注いだ。
「ユウは、このチャイを無くすことができるね。」
シャンカールはそう言いながら、黒くて太い人差し指、中指、親指で、カップが乗っているソーサーを掴み、音を立てないようにそーっと僕の胸の前に置いた。
僕は、「チャイを無くす?」とシャンカールの意味不明な言葉に疑問を感じながらも、両手のひらを胸の前で合わせ「いただきます」と囁(ささや)くように言い、オレンジ色がかった乳白色のチャイを飲んだ。
チャイは冷め、ほぼ常温になっていたが、このうだるような暑さでは冷めているくらいがちょうど良かった。
シナモンのほど良い香りが僕の気持ちをさらに落ち着かせ、カルダモン、ジンジャーなどのスパイスが、僕のカラダを芯から温めた。
外は暑いのに、僕のカラダの芯は意外に冷たかった。
「できたじゃないか?
ユウは、チャイを無くすことができた。
だから、ユウは不幸を呑み込み、不幸を無くすことができる。
不幸な思考、不幸な感情、不幸な運命…。不幸というものを全て呑み込める。
そうすれば、不幸が無くなる。
そうすればユウは、ワクワクするようになる。
ワクワクしているとそのワクワクと現実とが共鳴・共振し、ユウはシンクロ二シティと呼ばれる奇蹟を体験する。
それこそ、ユウが『手に入れたい』と言っていた本当の幸せだ。
つまり、本当の幸せとは、無から生じたワクワクとシンクロニシティを体験するところにある。
そして、その幸せとは、無から生じた無条件、無償、無限の幸せとなる。」
「無から生じた、無条件、無償、無限の幸せ…?」
僕は、ダジャレみたいなシャンカールの言葉を「冗談で言ってるんじゃないですよね?」と確認するように繰り返した。
「そうだ。表現を変えれば、無条件、無償、無限の『愛』がユウの中から生まれる、とも言える。
しかし、『不幸はまずい。』『不幸は苦い。』『不幸は美味しくない。』などと言って、不幸を食べないでいると、いつまでたっても本当の幸せは手に入らない。
幸せになりたいなら、不幸を避けたり、不幸から逃げたり、不幸に蓋(ふた)をしたりしてはいけない。
不幸という海の中にドボーンと飛び込み、どっぷり不幸に浸(つ)かってしまうのだよ。
そうすればいつか不幸はなくなる。もしかしたら、その期間は、数日、数ヶ月、数年、数十年になるかもしれない。
それでも、途中で、不幸を吐き出してはならない。まずくても、苦(にが)くても、辛(から)くても不幸を噛んで噛んで噛み尽くして味わい尽くすんだ。本当の幸せを手に入れられるかどうかは、不幸を味わい尽くし、不幸を吞みこんで無くしてしまえるかどうかにかかっている。」
シャンカールは、少し、間を空け、
「やるかやらないかは、ユウが決めることだ。
誰もユウを助けられない。
誰もユウに干渉できない。
ユウは完全に自由だ。
しかし同時に全責任を背負わなければならない。」
と続けた。