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《 前回までのあらすじ 》
(2人の子どもを持つ母親)花子は、スーパーでパートをしている。
そこで太郎に出会い恋をしてしまう。
そして、ゲーム機を太郎にあげるという口実をつくり、太郎のアパートに行く。
2人はそこで堕ちてしまい、毎週火曜日、花子は太郎のところに通うようになる。
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息子とのけんか
花子が太郎のアパートに通い始めてから、2ヶ月が経った。
ある日、息子のハツオが花子に訊(き)く。
「お母さん、ゲーム機、どこ?
今日、久しぶりに、友達とゲームやるんだけど。」
花子は、針で胸を刺されたような、チクリとした痛みを感じる。
「あれ?
もう遊ばないって言ってたじゃない?」
「ええ〜?
もしかして、お母さん、捨てたとかって言うじゃないよね?」
花子は、慌(あわ)てた。
そして「もう遊ばないって言ってたよね?」と同じ言葉を繰り返してしまう。
「いや、言ったかもしれないけど。
ふつう、勝手に捨てる?」
「だって、あなたが遊ばないって言ったから…」
謝れない
花子は、「悪いのは自分だ」と分かっていた。
ハツオの言うとおり、息子の了解を取らずに、勝手に処分したのはマズかった。
だから、ハツオにちゃんと謝るべきだった。
そこで、もし、花子が、
「ハツオちゃん、ごめんなさい。
どうしよう。
本当、ごめんなさい。
ちょっとお金に困っているお母さんがいて、そこのお子さんが、ゲーム機を欲しがってるって言うから、あげっちゃたの。
本当に勝手なことしてごめんなさい」
とでも適当に言い訳を考えて、ちゃんと謝っていたら、
ココロ優しいハツオのことだから、
「そうだったんだ。
じゃあ、しょうがねえなあ。
どうしてもゲームじゃなきゃダメってわけじゃないから。
別にいいよ」
と答えていただろう。
しかし、花子が、あまりにも、「言ったよね」「言ったよね」と、あたかもハツオが悪いと言わんばかりのセリフを連発したので、ハツオもカッとなってしまった。
そして、「人のせいにばっか、すんじゃねえよ!なに勝手に捨ててんだよ!」と花子に罵声を浴びせ、部屋のドアを「バンッ!」と強く閉めて出て行った。
ハツオがこんなにも露骨に、怒りを露(あら)わにしたのは、はじめてのことだった。
素直になれない
花子は、なぜか、素直になれなかった。
「太郎とのことで、自分を正当化する癖がついてしまったのだろうか?」
と自分に問いかけ、
「息子に本当のことを言えなくなっている…」と、自分を責め、頭を抱える。
そして、思わず太郎にメールしてしまう。
「いま忙しい?」
本当のことを言えない
それから、4時間後、夫のウミオが帰ってきた。
花子の浮かない表情を見たウミオは、「どうかした?」と花子に尋ねる。
しかし、花子は本当のことを言えない。
「何でもない。
最近、ちょっと職場が大変で…。
頭が痛いから、先に寝るね。」
と言って、ロキソニンと睡眠導入剤を飲んで寝室へ向かう。
布団に潜り込んだ花子は、頭を抱えて自分を責める。
「私はもう、息子にも夫にも、本当のことを言えないのだろうか?」
そして、頭の中は、
「やってはいけないことをやってしまった」罪悪感、
「バレないようにしなきゃ」という緊張感、
「バレたらどうしよう?」という心配、
「これからどうしたら良いんだろう?」という不安、
「太郎くんは本当に私のことが好きなの?」という疑念
が、次から次へと湧いてくる。
まるで、コインランドリーの大型乾燥機の中で、カラフルな衣類が、グルグルグルグルと回るように、花子の頭の中を、
グチャグチャになった思考と感情が、グルグルグルグルと、めまぐるしく動く。
太郎からのメール
さらに、携帯電話をチェックしても、太郎からの返事はない。
1ヶ月前までの太郎だったら、「今、ちょっと取り込んでるので、夕方にメールします」とかなんとか、一言は気配りのメールを送ってくれたのに、ここ1ヶ月、どうも返事が来るのが遅い。
ひどい時は、返事が来ないこともある。
そんなこともあり、花子は、ここ1ヶ月、太郎に嫌われないように気を遣っていた。
だから、実際、そのことで疲れていた。
なので、ウミオに「職場が大変で」と言ったことは、「ウソをついたわけじゃない」。
が、そんな自己正当化の言葉も、ロキソニンと同じく、ほぼ効き目を失っていることを、花子は、薄々(うすうす)感じていた。
しかし、それ以外に、自分を天罰から免(まぬが)れさせる方法が見当たらない。
だから、そうして自分を正当化して、自分の気持ちを慰めるしかなかった。
やってはいけないこと
太郎が言うには、「最近、副業を始めて忙しい」らしく、先週と先々週の火曜日は、太郎の家に行けなかった。
また、その前の週に太郎のアパートに行った時も、会話がうまくかみ合わず、ハグすらできなかった。
花子は、
「忙しいんだから、しょうがない。
わがまま言っちゃいけない。
本気の恋愛にも、すれ違いはつきものだから」
と自分に言い聞かせたが、心の中は、自分を責める気持ちと不安な気持ちが募る一方だった。
「やってはいけないことをやってしまったのかな?」
「私、これから、どうしたらいいんだろう?」
心療内科
ロキソニンと導入剤が効いたのか、なんとか、朝まで眠れた。
そして、携帯電話を確認すると、「やっぱ、今日も忙しくて」という太郎のメールが入っている。
そこで、花子は、意を決して心療内科に電話する。
「今日の午後、予約できますか?」
仕事を終え、花子は心療内科に行く。
簡単なヒアリングがあったが、花子は不倫のことは話せない。
ただ「職場での人間関係で疲れているのかもしれません」とだけ伝えた。
診察結果は、軽い鬱(うつ)症状。
抗うつ剤が処方され、花子は薬局を後にする。
そして、クスリの入った小さくて白い紙袋を手にして想う。
「私、どうなっちゃうんだろう?
これから、毎朝、仕事の前にこの抗うつ剤を飲む。
そして、自分の気持ちを亢進(こうしん)させる。
そして、夜には、安定剤で気持ちを落ち着ける。
頭が痛くなったら、ロキソニン?
眠れなかったら睡眠導入剤?
そして、また次の日の朝、この抗うつ剤を飲んで気持ちを上げる?
夜になったら、安定剤?
私は、いったい、どうなっちゃうんだろう?
友達の話によると、導入剤・安定剤・ロキソニンは、体の消費エネルギーを抑えるため、肥満の原因になるとか?」
実際、花子の体重は、ここ1ヶ月で2キロ増えていた。
「私、もうダメかも…。」と、行き場を失っている自分に絶望した。
その時、あるイラストが目に入った。
真っ黒いボードに、白いチョークで描かれていた絵は、グラスに入っている肌色のタピオカラテ。
そしてイラストの上には、「タピオカ入り豆乳ラテ1日限定30個!」と丸くてかわいらしいピンク色の文字が添えられている。
持ち前の明るさが、ほんの少しだけ残されていたのか、
「ここは、ほうじ茶ラテじゃなくて、豆乳ラテなんだ…
やっぱ、女子は限定に弱いんだよなあ…
しかも、豆乳はダイエットにも美容にも良いし…」
と花子はささやいた。
すると、少しだけ気分がウキウキし、気がついた時には、喫茶店「ロトール」のドアを開けていた。
「いらっしゃいませ!」
また、次回に続けますね。
今日も、最後までありがとうございました!
あなたのお幸せを祈っております。