【 一緒に幸せにならない? 】
「だから、お兄ちゃんは、幸せを感じられないの!」と話すコトハの声は、自信に満ちていた。
その時は、なぜか、コトハが10歳くらい年上の女性に見えた。
が、少し時間が経ち、われに帰ると、僕はコトハに怒りを覚えるようになった。
「コトちゃん!何、言ってんだよ!
コトちゃんは、今まで散々、お父さんやお母さんを心配させて苦労させてきたんだぜ。
そんなコトちゃんに、『だから、幸せになれないのよ!』なんて、言う資格がどこにあるんだ?」
と、僕は、コトハを口で攻撃した。
しかし、コトハは冷静だった。
まったく、動じる様子がない。
そして、小さな声でポツリと応えた。
「その怒りも、お兄ちゃんを不幸にさせている罪悪感なの。」と。
僕は、また、胸が裂かれる痛みを感じた。と同時に再び、妹のコトハが10歳くらい年上の女性に見えてしまった。
さっきまでの炎の怒りに水をかけられた僕は、冷静さを取り戻し、力の無いボソボソとした声でコトハに尋ねた。
「どうしちゃったんだ? コトちゃん? 急に大人になったみたいなんだけど…。」
「だから、分かったのよ、お兄ちゃん!コトちゃんは、お兄ちゃんを責めてなんかいないよ。お兄ちゃんは、罪悪感から怒りの感情を出してしまっただけだから。」
落ち着いて静かに語るコトハの声に、胸の痛みが癒されるような温かさを感じた。
「ところで、コトちゃん。
さっきから、『罪悪感』『罪悪感』って言ってるけど…。
何だ? その『罪悪感』って言うのは?」
「だから、さっき言ったでしょ!
お兄ちゃんは、『私は悪いことをしてしまった。』って思ってるということよ。
お兄ちゃんが怒ってしまったことが、お兄ちゃんに罪悪感がある証拠。
つまり、お兄ちゃんは心の中で、『僕は悪いことをしてしまった。』って、ずーっと思っているっていうことなの。」
というコトハの話に、今度は少し冷静になって耳を傾けたが、いまいちコトハの言っていることが理解できない。
「なぁ、コトちゃん。
大人って言うのは、誰だって、人に言いたくないことが一つや二つあるもんだよ。
確かに、コトちゃんの言う通り、それが罪悪感としてオレの中にあるのかもしれない。
でも、どこかで、うまく妥協して協調性を保って生きていく。
それが、大人だし大人の社会っていうもんだよ。
これからコトちゃんも社会に出ることになる。
そして、コトちゃんが仕事を始めるようになったら、そんなこと言わなくなるって。」
と、コトハをたしなめるように僕は言った。
「確かに、お兄ちゃんの言うとおりだと思う。
でも、だからって、なんで不幸を選択して生きていくの?
どうせなら、幸せを選択して生きたほうがいいと思わない?
もちろん、この世に幸せが無いなら、しかたがないわ。
でも、幸せがあるのに、何であえて不幸を選択して生きるの?
幸せがあるなら、幸せを選択して生きるべきよ。」
と、静かだが声にチカラが込められていた。
が、僕には、コトハの言っていることがよく理解できない。
「幸せ?不幸?罪悪感?
ん~。あまりピンとこないな~。
そんでもって、結局、コトちゃんは何が言いたいんだ?」
と言う僕に対し、コトハはさらに力強く答えた。
「お兄ちゃん! コトちゃんと一緒に、幸せにならない?」
「はあ…?一緒に幸せにならない?」
満面のほほえみに、僕の頭の中は真っ白になった。