【それだけのこと】
しばらくして、コトハが2杯目のアイスコーヒーを持ってきた。というより、僕がアイスコーヒーを飲みたいと思ったとおりにコトハが動いて、アイスコーヒーを持ってきた。
コトハは、相変わらず静かだが力強い言葉で話す。
「お兄ちゃん、自分を責めないでね。今回の経験はお兄ちゃんの中の罪悪感を知るためには、とってもいいことだったの。コトちゃん、最初にお兄ちゃんは永遠に生きるって教えてあげたよね。」
僕は、もう忘れていた。
確かに、「人は永遠に行き続ける」とコトハは言っていた。ヒマワリは冬に枯れるが、また春になると芽を出す。だからヒマワリは永遠に行き続けていると。だから「僕もコトハも10万歳だ」と。
コトハは言う。
「現在は過去だし、現在は未来。だから現在を変えれば、過去も未来も勝手に変わるの。
いずれにしても、お兄ちゃんはいつか不幸を選択するのを止めて、幸せを選択しなければならなかった。
そうしなければ、ユリさんと結婚したとしても別れることになっていた。もし、子供が生まれていたら、今よりもっと大変なことになっていた。だから、結婚の前に別れられたのは、ある意味幸いなことだったのよ。」
「あのな~。そう勝手に別れるって決め付けないでくれないかなぁ。オレもそこそこ傷付いてるんだからさあ。」と、僕は口をはさんだが、コトハの口は止まらない。
「お兄ちゃんは、今、罪悪感のケアレスウィスパーに耳を傾けるのを辞めて、幸せを選択すればいいの。そうすれば過去も未来も変わる。
お兄ちゃんがやることは、『今、幸せを選択する』こと。
『ケアレスウィスパーに耳を貸さない』と決心すること。
それだけなのよ。」
コトハは、僕が分かったような分からないような顔をしているのを見て補足した。
「もう少し丁寧に説明するね。
まず、素直な本当のお兄ちゃんの心の声を、お兄ちゃん自身がちゃんと聴くの。次に彼女や家族や友達に、正直な本当のお兄ちゃんを伝えるの。それが、幸せを選択するということ。
その素直な本当のお兄ちゃんを受け容れるかどうかは、その人たちの自由。
本当の気持ちを新しい彼女が受け容れるかどうかは、その新しい彼女が決めること。
でも、その新しい彼女の選択によって、お兄ちゃんの幸せが左右されるのではない。
本当のお兄ちゃんの気持ちを受け容れない彼女と付き合っても、どうせお兄ちゃんも彼女も幸せになれない。
とにかく、お兄ちゃんは周りの人に全否定されたとしても、本当のお兄ちゃんを自分にも周りの人にも伝えていく。
そうやって、『お兄ちゃんは、お兄ちゃんらしく生きる!』って覚悟を決めるの。
それが、お兄ちゃんが幸せを選択して生きるっていうこと。
それだけのことなの。」
セミも、コトハと同じく、力強く鳴いている。
ミーン、ミー、ミー、ミー…。