続・幸せの方程式(12)
【 潜在意識② 笛吹きケトル 】
しかも、僕の目に入った、500メートル離れた一番遠い入り口から入って来たその人物は、1秒もたたないうちに、僕の半径3メートル圏内に入ってきている。
もちろん、その人物はロサンゼルスオリンピック3冠王のカール=ルイスでもなければ、北京オリンピックとロンドンオリンピックで、金メダルを合計6個とったウサイン=ボルトでもない。
せめて、半径3メートルの白い半円の外から、僕の頭上にあるバスケットゴールに向けて3ポイントシュートを打ってくれればいいのに、その人物は僕の頭上にあるバスケットゴールにダンクシュートを決めるような勢いで、僕の半径2メートルのところまで、何の断りもなく入って来た。
その人物は、幽霊のように高速移動できる、ストレートパーマをあてたような漆黒のロングヘア、半ズボンに白のティーシャツ、30歳代半ばの女性、アンミツだ。
ロダン作「考える人」のように固まってしまっている僕は、相変わらず、A4サイズの写真雑誌『マンデー』を両手で広げ、全裸姿のアンミツに視線を向けている。
僕は、路地の行き止まりまで警察官に追いつめられ、逃げ場を完全に失ってしまった窃盗犯(ドロボー)のような精神状態になった。
「もう逃げられない…。」
僕の顔は紅潮し、体は熱くなり、全身から汗がにじみ出ている。
「もう、隠せない…。」
僕は、全身全霊の力を込めて、目の前を歩くアンミツを見て見ぬふりした。
それは、ウサギが、突如、目の前に現れたクマに、フォークのように尖った爪で、自分の肺と心臓を切り裂かれ、一瞬にして殺されるであろうことを確信した時、本能的に死んだふりをするのと同じような、動物的で本能的な行動だった。
アンミツは、チラリと僕を横目で見たが、歩みを止めることはなかった。
そして、「フフフッ。こちらの世界では、何も隠せないわよ。純朴なお兄さん!」
と、自分の手の甲にキスをするような仕草を見せながら、鼻で笑いながら、僕の目の前をゆっくりと通り過ぎて行った。
僕はさらに熱く、赤く紅潮し、ガスコンロの火でお尻を熱せられ続け「ピーピー!」とけたたましく笛を鳴らし続けている笛吹きケトルのように、全身から汗を吹き出している。