続・幸せの方程式(28) 【 +-ゼロ=無=光 ⑧ グルグルソフト 】

【 +-ゼロ=無=光 ⑧ グルグルソフト 】

 

「お父さん、あそこ、行こう!」と言った少女の指の先にはコンビニエンスストアがあった。

僕は不自然にならないよう軽い笑みを浮かべ、オクラホマミキサーの音楽に合わせてフォークダンスを踊る時のように、女の子の右手を優しくそっと握り、女の子のペースに合わせてゆっくりと、コンビニエンスストアへ向かった。
女の子は、コンビニエンスストアの手前5メートルくらいのところで立ち止まり、また、気恥ずかしそうに甘えた声を出した。
「お父さん、これがいいなぁ。」と。
女の子は、コンビニエンスストアの窓ガラスを指差している。
そこには「夏季限定!グルグルイチゴ!」という宣伝文句と、イチゴ色ソフトクリームの大きな写真が、窓枠(まどわく)いっぱいに貼られている。
僕は微笑み、「うん!美味しそうだね!それにしよっ!」と言い、女の子の右手を少し強めにキュッと握り直し、コンビニエンスストアのレジへ向かった。
僕が税込み250円のグルグルイチゴを注文すると、女の子が『お父さんは、グルグルメロン!』と、また甘えた声で言うので、税込み250円のグルグルメロンも追加で注文した。
女の子はイチゴ色のグルグルソフトを、僕はメロン色のグルグルソフトをそれぞれ片手で持ち、反対の手でお互いの手を握り、白いベンチまで戻って一緒に腰掛けた。
女の子の足は短く、ベンチに座ると足が地面に付かない。女の子はその両足を交互にパタパタ揺らしながら、美味しそうに、嬉しそうに、グルグルイチゴを舐(な)めるように食べている。
「アタシずーっとお父さんとお話ししたかったんだぁ。
でも、お父さんいつもオシゴト忙しいでしょ。
それで、お話してもらえなかったでしょ。
それで、わたし一生懸命我慢してたの。
それでも、やっぱり、ツラかったの…。
それで、お小遣いをぜんぶ使って、お人形さんやクマちゃんを買ったんだよ。
お人形さんやクマちゃんに囲まれると少しは寂しくなかったんだよ。
そうやって寂しくないようにしてたんだよ。
でも、やっぱり寂しくかったの。
やっぱり、お父さんとお話したいなぁって思って。
やっと、今日、お父さんとこうしてお話できて、とっても嬉しいな。
毎日、少しだけでも、お父さんとお話できたら、アタシたぶん寂しくないよ。
お人形さんやクマちゃんがいなくても、たぶん、寂しさ我慢できる。
お父さんのオシゴト、なくなればいいのになぁ。
また、お父さんと一緒にグルグルソフト食べたいなぁ…。
グルグルソフトおいしいね…。」
少女は、グルグルソフトと遠くの青空を、交互に見つめながら、あどけない笑顔で、嬉しそうに、淡々と話し続ける。
が、僕は涙を堪(こら)えきれない。「父子家庭だったのか…。」
メロン色ソフトクリームは、ブルブル震えている僕の右手の振動を受けながら、海辺に作った砂の城が波にさらわれていくように溶け崩れ、僕の右手をメロン色に染めた。
徐々に太陽の光が弱くなり、辺り一面、暗くなってきた。向こうの空に、積乱雲が発生している。
積乱雲は、綿(わた)あめのような真っ白い雲をムクムクムクムクと大きく膨らませ、天の頂(いただき)に到達させると、その姿かたちを巨大竜巻に変化させ、冬季オリンピックのフィギュアスケートで金メダルを取った羽生結弦選手が5回転ジャンプを決めた時以上の猛烈な回転力で、「ゴーッ!」という激しい暴風を巻き起こし、僕たちを目がけて近づいて来た。
僕と、僕の胸の中に抱きしめられている女の子は、タバコの煙のような一つの白い物体に変化し、小さな船舶が鳴門海峡のうず潮に吸い込まれていくように、全自動ドラム型洗濯機の中でガランガランと洗濯される感覚と、大型サイクロン掃除機のハイパワー吸引モードで吸い込まれる感覚を同時に味わいながら、巨大竜巻に溶け込んだ。
「潜在意識の旅」は、終わった。
僕はゆっくり目を開けた。
目の前にシャンカールはいない。
シャンカールを乗せていた小さな木製の椅子は、渋谷駅で主人の帰りを待つ忠犬ハチ公のように、遠くの一点を見つめながら寂しそうにジッと主人の帰りを待っている。
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