本当の自分に出会う物語「コトちゃんはひきこもり」(29)

ウィンナー ペペロンチーノ

【新しい彼氏と幸せになってくれよな】

 

ウィンナー ペペロンチーノ

 

「ユリちゃ…?!」

 

僕の心臓が、また、止まった。

 

「ユリちゃん、ロトール辞めたって。

 

コトちゃんが…。」

 

「そんなこと、どうでもいいわ。ビールも頼む?」と無愛想なままユリが尋ねる。

 

僕は何も言葉が出てこず、ただ首を横に振り「ビールはいらない」と応えた。

 

「座っていい?」と、ユリが言う。

 

僕は、止まった心臓がどうにかなりそうだと思いながら、ただ頷き「いいよ。」と伝えた。

 

僕は何をして良いか分からず、パスタにフォークを指しクルクルっと回転させた。

 

そして、フォークに絡まったパスタを口に入れた。

 

味が分からない…。

 

すると、ユリが静かに口を開いた。

 

「おいしい?」

 

僕は、頷いた。

 

「コトちゃんに頼まれたの。

 

『ノリくんが来るからパスタ作ってあげて』って。

 

ついでにお説教もされちゃった。

 

『新しい彼氏のために、ちゃんと反省しなきゃならない』って。」

 

僕は「新しい彼氏」「お説教」という言葉を聴いて、パスタを吐き出しそうになったが必死でこらえ、それをゴクリと飲み込んだ。

 

「はあ…?」

 

僕は、開いた口がふさがらなくなった。そして僕の口から、次から次へと言葉が出てきた。

 

まるで、ペットボトルに詰め込まれ、上下左右にシェイクされたコカコーラが、キャップを開けた瞬間に、一気に外へ飛び出すように。

 

「ユリちゃんごめん。

オレ正直じゃなかった。

オレ、ホント素直じゃなかった。

ホントごめん。

オレ、ユリちゃんを信じなかった。

ユリちゃんを信じたくなかったんじゃない。

信じられなかった。

というより、オレ自分が信じられなかった。

オレ本当にダメな男だから。

仕事もできない。

稼げない。

家も買えない。

車も買えない。

海外旅行にも連れて行けない。

だからオレは、ユリちゃんに愛されるはずがない。

オレはユリちゃんに馬鹿にされる。

ユリちゃんに軽蔑される。

そう思った。

オレ、恥ずかしい思いをしたくなかった。

オレのプライドが許さなかった。

自分がユリちゃんに愛されない現実に直面するのが怖かった。

それだけじゃない。

オレは、ユリちゃんを独占しようとしてた。

自分でもわからないけど、ユリちゃんが他の男と話すのが耐えられなかった。

オレは嫉妬してしまう自分をコントロールできなかった。

ユリちゃんの幸せを願えない自分がいることにも気付いた。

こんな汚いオレはダメだ。

経済力がないだけじゃない。

オレは心も汚い。

だからユリちゃんと結婚すべきじゃない。

そう確信した。

とにかく、オレは正直じゃなかった。

オレにとっての一番の幸せは、ユリちゃんとの楽しい会話。

そして、一緒に音楽を楽しむことだった。

そして、このウィンナーペペロンチーノと缶ビールが一本あれば、それ以上の贅沢は必要なかった。

それだけあれば、オレは幸せだった。

それが、オレの正直な気持ちだった。

それなのに、オレはその気持ちをユリちゃんに伝えなかった。

ほんと、オレ正直じゃなかった。」

 

僕は、堰(せき)を切ったように、一気に話し切った。

 

そして、一口、コップに入っていた水を飲み、「オレ、それだけはユリちゃんに伝えたいと思った。ユリちゃん、新しい彼氏と幸せになってくれよな。」

 

と言い残して帰ろうと思った。

 

が、僕がその言葉を出す前にユリが声を出した。

 

「ノリくん、新しい彼氏になってくれない?

 

ノリくん、私と一緒に幸せにならない?

 

ノリくんと私は一つ。

 

私は、ダメダメなノリくんとじゃなきゃ、うまく生きていけない。

 

私、別に贅沢なんかしたくない。車も要らない。マイホームも要らない。

旅行に行きたいとも思わない。ノリくんの純粋さと優しさ以上に、私にとって価値あるものはない。本気で、そう思ってる。」

 

と言って、笑う。

 

僕は耳を疑った。

 

信じられなかった。

 

でも、確かに、ユリは言った。

「一緒に幸せにならない。」?

「私とノリくんは一つ。」?

「ダメダメなノリくんとじゃなきゃうまく生きていけない。」?

 

「どこかで聞いたセリフだな…。」と心の片隅で思いながらも、僕の目からは、涙が込みあがってきて止まらない。鼻水も止まらない。止まっていた心臓が、蒸気機関車の溶鉱炉のように激しく鼓動し始めた。

 

その時、ユリの後ろを一人のウェイトレスが通りかかった。

 

左手のお盆に、氷入りのアイスコーヒー。

 

右手に、卒業証書?

 

ニコニコというより、ニタニタした表情で、僕を見て笑っている。

 

おしまい

 

 

お読みくださり、ありがとうございました。