【頭と心との間にギャップを抱えるということは】
コトハは、明るい声で言った。
「そうなの。宇宙は昔、ヒマワリの種より小さかったの。『宇宙の始まりはビッグバン』って言う話は、お兄ちゃんも知っているわよね。で、そのビッグバンの大きさって、どれくらいか知ってる?お兄ちゃん。」
そう言えば、僕も新聞か何かで、『ビッグバンは、とても小さかった』と言う記事を見た記憶があった。
なので、しぶしぶながらもコトハに同意するように言った。
「ビッグバンは、ヒマワリの種よりも小さかったってことか…。」
胸の奥のドキドキは少し収まってきたが、まだ陽気な気分にはなれなかった。
「ピンポン、ピンポン、ピンポン!」と、また、ふざけた調子でコトハは明るい声を出す。
コトハが太陽なら僕は月。二人の間には、明確なコントラストがあった。
「凄いじゃない、お兄ちゃん!お兄ちゃん、随分、頭が柔らかくなったね~。」と言って、コトハが僕の頭を撫でた。
僕は、「やめろよ!」と言って、コトハの手を払いのけようと思ったが、それを行動に移す気力を失っていた。
明るさや元気よさが僕の中からは出てこない。頭と心との間に、ギャップを抱えるということは、これほどまでに、僕を疲弊させてしまうことなのだろうか…。
そんなことを考えている僕に構わず、コトハは、話し続ける。
「でも、何だか、凄いと思わない?宇宙は、ヒマワリの種より小さかったのよ。そして、今、宇宙は、こ~んなに大きくなっているの!
じゃあ、これで、本当に最後の最後。この問題に正解できたら、コトちゃん基礎講座の卒業証書を授与いたしま~す!」
コトハの話し振りは、幼稚園児がママごとで、学校の先生を演じるかのようだ。
コトハが昼なら僕は夜。コトハは、まるで、頭と心のギャップに疲れている僕を、からかうように笑いながら言う。
「お兄ちゃんとヒマワリの種、どっちが大きいでしょお~か?」
僕は、「さっきの宇宙の話と一緒かよ」と、独り言をブツブツ言いながら、やむなく、気持ちの伴わない正解らしい解答を口にした。
「今は、オレのほうが大きいけど、昔は、オレのほうがヒマワリの種より小さかった。」
「理由は?」と、コトハ。
「オレは、もともとヒマワリの種よりも小さな精子と卵子の結合体だから。って、オレに言わせたいんだろ!」
「ピンポンピンポンピンポ~ン!大正解!」と、相変わらず、からかうように言うコトハに、不機嫌さを感じた僕は、
「でも、だから、何なんだよ。」と、ふてくされるようにして言った。
僕の言葉を聞いたコトハは、声のトーンを落とし真顔で言った。さっきまでの、ふざけ芝居に幕が閉じられた。
「やっぱり、お兄ちゃんは、アタマが固いのね!卒業証書は没収だわ!『だから、何なんだ。』って?」
コトハは、呆れたような表情をして、少し、間を空ける。
「だから~! み~んな一つなの! さっき、説明したこと、お兄ちゃんは、もう、忘れた? 全く、しょうがないんだから!」と腹を立てているかのように言う。
僕は、「結局、コトハは何を言いたいんだ?」と、コトハの言うことが理解できずイライラしてきた。
そして、「そんなもん、オレの知ったことかよっ」と言いたくなってきた。
窓の外のヒマワリたちは、いつの間にか、よそを向いている。