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《 前回の内容 》
(2人の子どもを持つ母親)花子は、スーパーでパートをしている。そこで、7つ年下の太郎に出会う。太郎は、前職で挫折を味わい、自信を失っていた。花子は、そんな太郎を、持ち前の明るさで元気づける。閉ざされていた太郎のココロは、少しずつ開き始めていた。花子は、太郎に恋愛感情と嫉妬心を抱いていることに気づく。そして、不注意にも太郎をお茶に誘ってしまう。
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ソワソワ
花子は、表情に余裕を見せながらも、内心、ソワソワドキドキしている。
そして、スーパーから200mほど離れている「亀田珈琲(カメダコーヒー)」に太郎と2人で入った。
店内にはテーブルが30席ほどあるが、20席以上は客で埋まっている。
おしゃべり好きの女子がほとんどのようだった。
ママトモ同士のお茶会、放課後の女子高生、生命保険会社のセールスレディのような女性たち、大学生っぽい彼氏彼女のカップル、ノートパソコンを持ち込んで(たぶん)仕事をしている女性や、ノートに向かって(たぶん)受験勉強をしている女子高生もいた。
お決まりの質問
そんな様子を見て、花子は太郎に小声でコソコソとささやく。
「確かに、太郎くん一人では入りづらいね、この店。ほぼ男子ゼロだし…。」
太郎は「ええ」と、はにかみながら笑い、花子の後ろをついていく。
席につくと2人は揃って、タピオカ入りほうじ茶ラテを注文した。
4月と言っても、まだ肌寒い。
なので、太郎はホットのラテを頼んだ。
が、花子はドキドキしてカラダが熱くなっていたので、アイスラテを注文した。
花子がアイスドリンクを飲むのは、今年初めてのことだった。
ラテが来るまで、特に話すことがなかったので、花子は「休みの日は、何やってるの?」という、お決まりの質問を太郎に投げかけた。
「そうっすね。ゲームとかっすかね。」とだけ太郎は答えて黙った。
「ゲームが趣味」と言うと、あまり良い印象を持たれないので、それ以上の話はやめようと思ったからだった。
太郎を肯定する花子
そんな太郎に、花子はあえてゲームを肯定するような言葉を選んだ。
「だよねえ。うちの息子も、ゲームよくやってたなあ。
男の子ってゲーム好きだよね。
やっぱり、機械とか、コンピュータとか、車とか、飛行機とか、男の子はやっぱり理系のものが好きになりやすいよね。
おかげで、私たちは、スマホとか車とかで便利な暮らしができているんだから、ありがたいことだよね。」と。
案の定、太郎は「ゲーム好き」が否定されなかったことに安堵し、表情を緩めた。
そして、無口な太郎には珍しく「そうっすか?息子さんって、いくつなんですか?」と花子に質問した。
「うちの子は、小学校5年」と、スマイルゼロ円の笑顔を添えて花子が答えた時に、ほうじ茶ラテが運ばれてきた。
会話に乗る太郎
太郎は、レンゲのような大きいスプーンで、タピオカを5粒ほどすくって口に入れ、独特の食感を楽しんでから、ほうじ茶ラテをすすった。
花子も、直径1cm近くある太いストローから、タピオカとほうじ茶ラテを口に運んだ。
さすがに、アイスラテは冷たかったが、花子の火照(ほて)ったカラダには、その冷たさが心地よかった。
おかげで、ソワソワ、ドキドキしていた気持ちも、幾分、和(やわ)らいだ。
太郎は、いつものように、それ以上の会話はしない。
なので、花子はできるだけ自分のことを喋るようにした。
引き続き、太郎とゲームを否定しないよう細心の注意を払いながら…。
「そう言えば、私もゲームに付き合わされたなぁ。
マリオとか、野球ゲームとかは、全然ダメだったぁ。
私、反射神経が鈍いのよねぇ〜。(苦笑)
でも、テレビのリモコンみたいなものを手のひらで握って、ビュンビュン振り回す、
卓球ゲームとか、ボーリングゲームとかは、そこそこ息子とやりあえたよ!
えーっと、アレ、何て言うんだったっけ?」
とジェスチャーを交えて言うと、「任天堂のWii(ウィー)っすよね?」と太郎が、すぐに応えた。
「あっ、そうそう! それそれ! さすが太郎くん、詳しいねぇ。」というと、「それくらい、誰でも知ってますって」と、太郎が笑顔で会話に乗ってくれた。
花子がゲームのことも太郎のことも否定しなかったことが功を奏し、太郎の心がさらに開いた様子だった。
そんな様子を見ると、花子の気持ちもさらに高揚した。
純粋な気持ちとは何かが違う
花子は既に、閉ざしている心を開かせることに成功している。
花子の娘”サクラ”は、小学校4年の時にいじめに遭い、引きこもってしまった。
しかし、花子がサクラのすべてを肯定したことで、サクラは少しずつ心を開くようになり、無事、学校に通えるようになった。
そんな経験から、自信をなくしている太郎に対しても、太郎や太郎が好きなゲームを肯定することで、太郎の心を開かせ、太郎を元気づけ、自信をつけさせてあげられるような気がしていた。
しかし、今、花子が太郎を元気づけようとしている気持ちは、娘のサクラを引きこもりから、立ち直らせようとしていた時の純粋な気持ちとは、何かが違う。
危うさというスリル
当然かもしれないが、サクラを立ち直らせようとしていた時の責任感のようなものはない。
太郎を元気づけたい気持ちにウソ偽りはないのだが、責任感というよりは、どこかしら、ハラハラドキドキする高揚感のようなものだ。
さらに心のどこかで、危険なことをやっている「スリル感」らしきものも味わっている。
「もしも太郎君を元気づけることに成功しちゃったら、わたしどうなるんだろう?」という、恐いもの見たさのようなスリルに、自分の心がドキドキハラハラしている。
一方、花子のことを冷静に客観的に見つめている、もうひとりの花子は、それを「浮気じゃない?」と批判しているが、
花子本人は「これは浮気でなく本気だ」と自分の気持ちを正当化し、ハラハラドキドキする危うい衝動に、自分の身を任せようとしている。
危険だと分かっているのに、そこから逃げることを、すでに諦めているかのように…。
また次回に続けますね。
よかったら、引き続きお付き合いください。