花子の不倫(12)花子の夢

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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
結果、気持ちが不安定になり、家族との関係が悪化し、アルコールや精神安定剤に頼ってしまう。
そんなある日、喫茶店「ロトール」に入り、コトハに出会う。
コトハは花子に言う。
「『彼の満足のため』は本気の恋愛じゃない。
『彼の役に立つ』も本気の恋愛じゃない。
彼のためにすることは本気の恋愛じゃないの。
花子さんは本気の愛に欲求不満だったの」など。

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太郎くんが好きなんじゃなかった?

 

1秒間に5文字程度のゆっくりとしたスピードで、花子はコトハの言葉を繰り返す。

「わたし、欲求不満だった?

わたし、本気で人を愛したかった?

わたし、太郎くんが好きなんじゃなかった?

わたし、落ち込んでいる人を元気づけるのが好きだった?

わたしは、そうすることが好きだった?

わたしは、そのためなら、自分を犠牲にしても構わないと思うくらいになるまで、欲求と情熱を溜め込んでいた?」

 

その時、ピアノの演奏「トロイメライ」が終わる。

 

音の消えた静寂な店内で、花子はもう一度、独り言のようにブツブツ繰り返す。

「わたし、太郎くんが好きなんじゃなかった?

落ち込んでいる人を元気づけるのが好きだった…。」

 

その時、「はい。たぶん、そうじゃないかと…」という声が聞こえる。

 

顔を上げると、コトハが前に立っている。

 

急にいなくなると淋しいじゃない!

 

どこからともなくやってくるコトハに、花子は少し驚いたが、今回は驚くと言うより、コトハがそばに来てくれたことが嬉しかった。

そして、「急にいなくなると淋しいじゃない!」と言いたくなった。

 

「コトちゃん!

あなたの言うこと、分かる気がしてきたんだけどぉ…。

でも、じゃあ、どうしたら良いのぉ?

って感じなのよねぇ…。」

 

「はい。

なので、さきほども言った通りでぇ…」

 

「さきほども?

コトちゃん、さっき何か言ったっけ?」

 

「はい!

言いましたよぉ。

もう忘れちゃいましたか?

ハナコさん、なんだかムッとされてたじゃないですか?」

 

「私がムッとした?

そうだっけ…?」

 

「はい。

私が『もっと情熱的に、もっと激しく、もっと刺激的に、本気の愛を貫いたら良いですよ』って言ったら、ムッとしてらっしゃったじゃないですかぁ?」

 

「あ〜!そうね!

思い出したわぁ!

確かにムッとしたわ!

コトちゃんが私のことを、性欲に飢えた卑(いや)しい女(おんな)みたいな言い方をするからよ!

『大人をからかわないで!』って言ってやりたかったわ!」

と花子は笑う。

 

マセた高校生

 

「ですよねぇ〜。

こんな高校生みたいな女の子に言われたくないですよねぇ〜。」

 

花子は「高校生みたいな女の子」というフレーズに驚き、「そこまで、私のココロをお見通しだったの?」とコトハに聞き返す。

 

「はい。よく言われますから」とコトハもニヤニヤ笑う。

 

「で、結局、私、どうしたら良いんだっけ?」

 

「ですから、ハナコさんが一番気持ちいいこと、快楽を感じること、最高にエクスタシーを感じることを、とことん追求なさったら良いと思いますよ。」

 

「もぉ〜!また、そういうイヤらしい言い方をするぅ〜。

本当にマセた高校生なんだから!」

 

「私は高校生ではありませんよ!もうハタチですよ!」

とコトハも、ホッペタを膨らませ、河豚(ふぐ)のような顔を作って、怒って見せる。

 

「そんじゃ、高校を卒業した女の子ってトコね。」と、花子もからかう。

 

「まあ、そんなこと、どうでも良いんだけどぉ〜。

コトちゃんが言いたいことは、けっきょくぅ〜。

恋愛感情で彼のために何かをやるんじゃなくて、純粋な愛情で、人のためにすることに、もっと夢中になったら良い、みたいなことを言いたいんでしょ?」

 

コトハは大げさなリアクションをする。

目を大きく見開き、音の出ない拍手を打ち、「花子さん!その通り!」と言って、右手の人差し指を立てる。

 

30分前の花子、今の花子

 

「もぉ〜。はじめっからそう言ってくれれば良いじゃない!」と花子。

 

「そうですかぁ〜?

もし、はじめっからそう言ってたら、無口で、頭を前の方に垂らして落ち込んで、ヌヴォーっとしていた花子さんが、理解できたと思いますぅ〜?」

 

花子は、30分前の自分と、今の自分とが、全く違っていることに気づいた。

「うーん。確かにね。」とうなずきならが、「ありがとう」の気持ちを込めて微笑む。

 

コトハは、再び、声を小さくして、1秒間に5文字程度のゆっくりとしたスピードで言う。

「とにかく。

恋愛することと、本気で人を愛することとをゴッチャにして、結婚したり、不倫したり、恋愛したりして、悩んでしまうことが多いんです。

なぜかというと、心の中では、『本気で人を愛したい』って思っているのに、それができていないから…。

そして、その欲求不満を、恋愛という形で表現してしまうと、恋愛もうまくいかなくなって、ドツボにハマっちゃう…。」

 

ハナコさんの場合だと

 

コトハは、続ける。

「例えば、ハナコさんの場合だと、さっき、『お料理を作ってあげる』とかぁ〜、『お掃除してあげる』とかぁ〜、『話を聞いてあげる』とかぁ〜、『彼の健康を気遣ってあげる』とかぁ〜、って、言っていらっしゃいましたよね。

さらに、それは見返りが欲しいからじゃないって…。

だから、ハナコさんは、そういう本気の愛を、一人でも多くの人に分け与えたいって、心の中では思っているんです。

でも、その欲求を満足させないから欲求不満になっちゃう…。だから、花子さんの場合だとぉ…。」

 

コトハは、黙った。

 

花子の夢

 

コトハは、頭をかしげ、腕を組み直しながら言う。

「例えば〜。うーん。例えば〜。うーん。例えばぁ〜、ホームレスの人に炊き出しをするとかぁ〜、かな?」

 

花子は、「ホームレスに炊き出し」という言葉に、胸を突かれ、チクッとする痛みを感じた。

まさに、それが、花子の夢だったからだ。

貧困と孤独に苦しんでいる人、居場所を失っている人、そんな人を助けたい。

それが、花子の夢だった。

 

 

 

また、次回に続けますね。

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