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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
結果、気持ちが不安定になり、家族との関係が悪化し、アルコールや精神安定剤に頼ってしまう。
そんなある日、喫茶店「ロトール」に入り、コトハに出会う。
コトハは花子に言う。
「『彼の満足のため』は本気の恋愛じゃない。
『彼の役に立つ』も本気の恋愛じゃない。
彼のためにすることは本気の恋愛じゃないの。
花子さんは本気の愛に欲求不満だったの」など。
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太郎くんが好きなんじゃなかった?
1秒間に5文字程度のゆっくりとしたスピードで、花子はコトハの言葉を繰り返す。
「わたし、欲求不満だった?
わたし、本気で人を愛したかった?
わたし、太郎くんが好きなんじゃなかった?
わたし、落ち込んでいる人を元気づけるのが好きだった?
わたしは、そうすることが好きだった?
わたしは、そのためなら、自分を犠牲にしても構わないと思うくらいになるまで、欲求と情熱を溜め込んでいた?」
その時、ピアノの演奏「トロイメライ」が終わる。
音の消えた静寂な店内で、花子はもう一度、独り言のようにブツブツ繰り返す。
「わたし、太郎くんが好きなんじゃなかった?
落ち込んでいる人を元気づけるのが好きだった…。」
その時、「はい。たぶん、そうじゃないかと…」という声が聞こえる。
顔を上げると、コトハが前に立っている。
急にいなくなると淋しいじゃない!
どこからともなくやってくるコトハに、花子は少し驚いたが、今回は驚くと言うより、コトハがそばに来てくれたことが嬉しかった。
そして、「急にいなくなると淋しいじゃない!」と言いたくなった。
「コトちゃん!
あなたの言うこと、分かる気がしてきたんだけどぉ…。
でも、じゃあ、どうしたら良いのぉ?
って感じなのよねぇ…。」
「はい。
なので、さきほども言った通りでぇ…」
「さきほども?
コトちゃん、さっき何か言ったっけ?」
「はい!
言いましたよぉ。
もう忘れちゃいましたか?
ハナコさん、なんだかムッとされてたじゃないですか?」
「私がムッとした?
そうだっけ…?」
「はい。
私が『もっと情熱的に、もっと激しく、もっと刺激的に、本気の愛を貫いたら良いですよ』って言ったら、ムッとしてらっしゃったじゃないですかぁ?」
「あ〜!そうね!
思い出したわぁ!
確かにムッとしたわ!
コトちゃんが私のことを、性欲に飢えた卑(いや)しい女(おんな)みたいな言い方をするからよ!
『大人をからかわないで!』って言ってやりたかったわ!」
と花子は笑う。
マセた高校生
「ですよねぇ〜。
こんな高校生みたいな女の子に言われたくないですよねぇ〜。」
花子は「高校生みたいな女の子」というフレーズに驚き、「そこまで、私のココロをお見通しだったの?」とコトハに聞き返す。
「はい。よく言われますから」とコトハもニヤニヤ笑う。
「で、結局、私、どうしたら良いんだっけ?」
「ですから、ハナコさんが一番気持ちいいこと、快楽を感じること、最高にエクスタシーを感じることを、とことん追求なさったら良いと思いますよ。」
「もぉ〜!また、そういうイヤらしい言い方をするぅ〜。
本当にマセた高校生なんだから!」
「私は高校生ではありませんよ!もうハタチですよ!」
とコトハも、ホッペタを膨らませ、河豚(ふぐ)のような顔を作って、怒って見せる。
「そんじゃ、高校を卒業した女の子ってトコね。」と、花子もからかう。
「まあ、そんなこと、どうでも良いんだけどぉ〜。
コトちゃんが言いたいことは、けっきょくぅ〜。
恋愛感情で彼のために何かをやるんじゃなくて、純粋な愛情で、人のためにすることに、もっと夢中になったら良い、みたいなことを言いたいんでしょ?」
コトハは大げさなリアクションをする。
目を大きく見開き、音の出ない拍手を打ち、「花子さん!その通り!」と言って、右手の人差し指を立てる。
30分前の花子、今の花子
「もぉ〜。はじめっからそう言ってくれれば良いじゃない!」と花子。
「そうですかぁ〜?
もし、はじめっからそう言ってたら、無口で、頭を前の方に垂らして落ち込んで、ヌヴォーっとしていた花子さんが、理解できたと思いますぅ〜?」
花子は、30分前の自分と、今の自分とが、全く違っていることに気づいた。
「うーん。確かにね。」とうなずきならが、「ありがとう」の気持ちを込めて微笑む。
コトハは、再び、声を小さくして、1秒間に5文字程度のゆっくりとしたスピードで言う。
「とにかく。
恋愛することと、本気で人を愛することとをゴッチャにして、結婚したり、不倫したり、恋愛したりして、悩んでしまうことが多いんです。
なぜかというと、心の中では、『本気で人を愛したい』って思っているのに、それができていないから…。
そして、その欲求不満を、恋愛という形で表現してしまうと、恋愛もうまくいかなくなって、ドツボにハマっちゃう…。」
ハナコさんの場合だと
コトハは、続ける。
「例えば、ハナコさんの場合だと、さっき、『お料理を作ってあげる』とかぁ〜、『お掃除してあげる』とかぁ〜、『話を聞いてあげる』とかぁ〜、『彼の健康を気遣ってあげる』とかぁ〜、って、言っていらっしゃいましたよね。
さらに、それは見返りが欲しいからじゃないって…。
だから、ハナコさんは、そういう本気の愛を、一人でも多くの人に分け与えたいって、心の中では思っているんです。
でも、その欲求を満足させないから欲求不満になっちゃう…。だから、花子さんの場合だとぉ…。」
コトハは、黙った。
花子の夢
コトハは、頭をかしげ、腕を組み直しながら言う。
「例えば〜。うーん。例えば〜。うーん。例えばぁ〜、ホームレスの人に炊き出しをするとかぁ〜、かな?」
花子は、「ホームレスに炊き出し」という言葉に、胸を突かれ、チクッとする痛みを感じた。
まさに、それが、花子の夢だったからだ。
貧困と孤独に苦しんでいる人、居場所を失っている人、そんな人を助けたい。
それが、花子の夢だった。
また、次回に続けますね。
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