花子の不倫(13)美しい1人の女性

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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
結果、気持ちが不安定になり、家族関係も悪化。
さらにアルコールや安定剤に頼ってしまう。
そんなある日、喫茶店「ロトール」で、コトハに出会う。
そして、不倫の悩みを打ち明けることになる。
そんな花子に、コトハは意外な言葉をかける。
「花子さんは、お料理を作ってあげたいとか、掃除してあげたいとか、話を聞いてあげたいとか、健康を気遣ってあげたいとかって言ってらっしゃいましたよね?
だから、花子さんは、そういう愛情を一人でも多くの人に施したいと思っているんです。
例えば、ホームレスの方に炊き出しするとか?」と…。
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なんで分かったの?

 

 

コトハの「例えば、ホームレスの方に炊き出しするとか?」 という一言に、花子は、チクリと胸を刺されるような痛みを感じた。

「貧困で苦しんでいる人、居場所を失った人、孤独になってしまった人、そんな人を助けたい」

それが、花子の夢だった。

 

花子は、心の中で、「この子は、どこまで人の心を見抜くんだ?本当に不思議な子…」と呟きながらも、白状することにした。

「なんで分かったの?」 と。

 

するとコトハは、目をまん丸に大きく見開き、喜ぶ。

「もしかして、一発正解ですかぁ!?

はじめてですぅ〜!

イッパツセイカイィ〜!」

 

花子の気持ちは、正解して喜ぶコトハの気持ちとは反比例して暗くなっていく。

折れ線グラフが、右に行くほど下に下がっていくように、花子の気持ちは、コトハがポジティブになるほどネガティヴになった。

そして、声のトーンを低く下げて言った。

「驚くのはこっちのほうなんだけどぉ〜。

っていうかさぁ〜。

そうやって、他人の人生で、賭けごとするのはやめて、ってさっきも言わなかったっけ!?」

と左右の頬と、ほうれい線も少し下げて、不機嫌そうな表情で言った。

 

1人の女性

 

「そうでしたっけ?」とコトハ。

しかし、コトハはもう笑ってない。

もちろん、花子をからかう様子もない。

肉球のように柔らかかったコトハの両目が、また少し硬くなった。

その目は「お話をお続けください」と花子に語っていた。

 

コトハのアイコンタクトに促され、花子はそのまま続けた。

「実はね。

一度、下町の炊き出しボランティアに参加したの… 5年くらい前だったかなぁ〜 ?

寒い日だった。

そうそう。

確か、クリスマスの日の前日。

お昼の炊き出しに集まってこられたホームレスのかたは、100人くらいだった。

そして、列を作って、おにぎりと豚(トン)汁を受け取っていらっしゃったの。

やっぱり、お風呂に入れないからなんでしょうけど…、ヒゲを剃ってない、匂いの強いかたもたくさんいらっしゃったわ。

『こんなにたくさんのかたがいらっしゃるんだ』って、驚いた。

 

だけど、意外と皆さん明るくて、意外とおしゃべりで、時折、笑い声が聞こえてきたことが印象的で、少しホッとしたのを覚えてる。

今、考えると、寒かったけど、濃厚な青い空が広がる、とても良いお天気の日だったから、みなさん、明るくなれたのかもしれない…。

それで、ほとんどは男の人だったんだけど、女の人も数名いらっしゃったの。

で、その女性の中のお一人が、おにぎりと豚汁を両手で抱えて、私の近くに腰掛けられて…。

そんなに身なりも乱れていなかったし、匂いもしなかったから、『たぶん、最近、何かがあってホームレスになってしまわれたんだろうなあ』って思ったの。

でも、とても痩せてるみたいだったから『この人大丈夫かな?具合でも悪いんじゃないかな?』って心配になって、ちょっと様子を見ちゃって…。

フードつきの赤茶色の厚いコートを羽織ってたから、体は痩(や)せてるようには見えなかったけど、顔がとても痩せてるように見えて…。

 

おいしい

 

 そしたら、その女性が、湯気の立つ豚汁をフーフーしながら口にされて、『美味(おい)しい…』って言ったの。

だけど、その言葉を言い終わるか終わらないうちに、涙をポトリポトリとこぼして、鼻をすすり始められて…。

 

そして、私のほうをチラッと見て、『美味しいです』って笑顔を見せてくれて…。

私、エプロンをしてたから、炊き出しボランティアだって、すぐに分かったんだと思うんだけど。

 

彼女は、またポトポトと涙をこぼされたの。

なんていうか…。

何の言葉もかけられなくて…。

ただ彼女の横に座って、肩に手を回して、もう片方の手で彼女の豚汁を支えてあげて、一緒に泣くことしかできなくて…。

何の励ましの言葉もかけてあげられなかった。

私に何かができるわけでもないし… 何も言えないし… どう見ても、悪いことをするような女性には見えなかったし…

だから、たぶん、人を信じたり、人に優しくしたりして、騙されちゃったとか、保証人になっちゃったとか、そういうことになっちゃったんじゃないのかなあって、思ったんだけどね。

 

脳裏に焼きついた彼女

 

 でも、ひとしきり泣いたあとに、

『御飯(ごはん)が美味しいって、こんなに幸せなことだったんですね。こんな美味しい御飯は、初めてかもしれません。ありがとうございます。』

って頭を下げて、その場を去って行かれたの。

その時の彼女の姿が、今でも脳裏に焼きついていて…。

なんていうんだろう?

美しかったというか…、清廉さというか…、潔さというか…、気品のような、何かが彼女に漂っていた… 

もちろん、お化粧なんてしてないし、肌もちょっと浅黒かったと思うんだけど、瞳が澄んでいたからかな?とても美しく見えた…。

 

今の私も同じ

 

 それで、ホームレスをやっている人も、たぶん、頑張って生きてきたんだろうなあって。

努力しなかったわけじゃないんだろうなあって。でも、どこかで歯車が狂っちゃって。どこかでボタンを掛け違えちゃって。

それで財産を無くしちゃったり、破産しちゃったりって…」

 

花子は、そこまで口にし、何かに気づいたのか、それとも何かを思い出したのか、話を止めて、黙った。

次の演奏が始まった。

ユリのピアノ『雨だれの前奏曲(プレリュード)』が、ゆったりと、静かに流れ出す。

 

花子は、1分間黙ったあと、「今の私も、同じね…」と言って苦笑いし、肩を落とす。

 

 

また、次回に続けますね。

今日も、最後までありがとうございました!

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