花子の不倫(15)そんな花子が好きだから 

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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
その結果、気持ちが不安定になり、家族関係も悪化し、アルコールや安定剤に頼るようになる。
そんなある日、ウェイトレスのコトハに出会う。
コトハは言う。
「離婚する方が良いかもしれないですね。それはいじめなので。

家族の中で孤独になって、それでもなお『自分のせいだ』とか『自分が悪い』とかって言って、自分で自分をさらに傷つけて、それに耐えられる人なんていない。

だから、ご主人さんがハナコさんを不倫させたの。」
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それは違うような…

 

「え? 離婚?

主人が私を不倫させた?

私が不倫したのではなくて?

主人が私を不倫させた?

だから、離婚したほうが良い?

うーん?

どうかなあ?

なんだか、それは違うような気がするんだけど…。

やっぱり、悪いのは私だし…。」

 

花子には、コトハが言った「離婚されたほうがよろしいのでは?」

の意味が理解できない。

 

「はい。だから、さきほどもお話ししたんですけどぉ…。

優しい人は、そうやって『自分のせいだ』とか『自分が悪い』とかって言って、自分で自分をさらに傷つけちゃって、さらに自分を孤独にしちゃうんで…。」

 

「ん?あぁ…。そういうこと?

え〜?でもぉ〜…。やっぱり…。

不倫した自分が悪いって、思うのはフツウでしょ?」

 

そんなハナコが好きで結婚した

 

「はい。それが、ハナコさんの優しさだし、責任感だし、正義感。

それが、ハナコさんの素晴らしいところなんですけど…。

でも、やっぱり、そればっかりではないっていうことも…。

ちょっと考えてみてもらえたらというか…。

例えばですけどぉ…。

もし、ハナコさんがホームレスの炊き出しボランティアのことで、お舅さんやお姑さんに怒られた時に、ご主人さんがこんな風に言っていたとしたら、どうでしょう?

 

『オヤジとオフクロに怒られた?

それはひどいなあぁ〜。オヤジもオフクロも、そんな感情的にならなくても…。

ハナコだって、みんなに賛同されるなんて思ってないよなぁ?

それでも、自分のミッション(使命)みたいなものを感じているから、偽善だって言われたり、批判的なことを言われたり、時には蔑(さげす)まれたりすることもあるんだろうけど、それでも、困っている人の力になりたいって思って、やってんのになぁ…。

なんで、オヤジもオフクロも、そういうハナコの気持ちを分かろうともしないで、人目だとか、恥ずかしいだとか、そんな表面的なことばっか言って、ケチつけるんだろうなあ…。

まあ、いいよ。

オヤジとオフクロには、俺から言っておくから、ハナコは、自分の夢とか信念とかを大事にして欲しい。

俺は、そんなハナコが好きで、結婚したんだから…』

 

もし、ご主人さんがそんな風に言っていたとしても、ハナコさんは不倫したと思いますか?」

 

音のない真空の時間

 

 

花子はドキッとして、ココロにチクリとした痛みを感じた。

夫のウミオは、昔、よく「俺はそういう花子が好きだから」と言ってくれていたからだった。

「確かに…。昔は…。

『そういう花子が好きだから』って、言ってくれていたな…。」

 

そんな過去を、花子は不意に思い出し、頭の中が一瞬、真っ白になった。

 

そして、音のない真空の時間が、10秒間流れた。

静かに流れていた、ユリのピアノ、「雨だれの前奏曲(プレリュード)」が終わる。

 

本当の自分からの孤立

 

コトハは、花子が正気に戻ったことを、動物的な直感で読み取ったのち、ゆっくりと静かに話し始めた。

1秒間に5文字くらいのスピードで…。

相変わらず、顔に表情はない。

 

「はい。パートナーから孤立するって、本当につらいことなんです。

でも、もっとつらい孤立があるんです…。」

 

「パートナーから孤立するよりも、もっとつらい孤立?」

と、正気に戻った花子も聞き返す。

 

「はい。もっとも精神的にしんどい孤独感が、『本当の自分からの孤立』なんです。

本当の自分って言うのは、夢とか信念とか、大切にしている価値観など、生まれてきた意味(ライフミッション)みたいなものなんですけど、そこから孤立して、人生を生きてしまうと、心が病んでしまうんです…。

もちろん、友達から虐(いじ)められたりする孤独も、本当にツライことなんですけど…。

それでも、もし、本当の自分と繋がって、本当の自分から孤立していなければ、友達から孤立してしまったとしても忍耐できたり、その悲しさとか悔しさというマイナスな経験を、プラスに変えて乗り越えて行けるくらいの強さを、人間は持っているんです…。

でも、ライフミッション(使命)とか、ライフワーク(天職)とかから孤立してしまうと、未来に希望を見いだせなくなって、絶望してしまう…。

しかも、本当の自分との繋がりを守ってくれるはずのパートナーが、それを守ってくれなかった場合には、その絶望は、とってもとっても大きくなっちゃう…。

例えば、生きる希望を失ったり、夢や希望が見えなくなったり、生きるのがイヤになったり…。

さらには、『自分なんかが生きてたって、何の役にも立たない』とか、『自分なんかいない方が良い』とかっていう気持ちで、心の中がいっぱいいっぱいになっちゃって、動くことすらできなくなっちゃう…。

 

矢も楯もたまらず

 

そんな絶望をココロの中に潜在的に抱(かか)えているところに、不倫とか恋愛とかの誘惑が来ちゃったら、人は、どうすることもできなくなっちゃうの…。

不倫や恋愛に絆(ほだ)されて、ココロがトキメイちゃったら、矢も楯もたまらず、不倫や恋愛という感情の渦に呑み込まれちゃう。

それが人間なの。

それがヒトの弱さなの。

例えるなら、操(あやつ)り人形が、糸で誰かに操られるように、ココロが、自分以外の何者かに操られるようになっちゃうの。

そしたら、自分の力では、そこから抜け出せなくなってしまう…。

つまり、パートナーに守ってもらえず、本当の自分と繋がれなくなってしまうことは、不倫とか恋愛とか、もしくはクスリとかアルコールとかの誘惑に墜(お)ちてしまうこととほぼ同一なの。

だから、ご主人さんが、ハナコさんの炊き出しボランティアを、守ってくれなかったことは、花子さんを不倫させてしまうこととほぼ同じ…。

そして、もし、花子さんをこれからも孤独にさせて絶望させて、不倫やらアルコールやらの誘惑に陥(おとしい)れるくらいだったら、離婚して、ハナコさんのライフワークやライフミッションを他の誰かに守ってもらったほうが、ハナコさんにとって幸せになるというか…。」

 

コトハは、そこまで話して、静かに口を閉じた。

 

 

今日も、最後までありがとうございました!

また、次回に続けますね。

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