花子の不倫(19)特盛りそうめん

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《 前回までのあらすじ 》
花子は太郎と不倫してしまう。
気持ちが不安定になり家族関係も悪化。
そんなある日、喫茶店のウェイトレス、コトハに出会う。

コトハは言う。
「ご主人さんが、ハナコさんの炊き出しボランティアを守らなかったことは、花子さんを不倫させてしまうことと同じ」
「もし、これからもハナコさんを孤独にさせて、不倫に陥(おとしい)れるくらいなら、離婚して、他の誰かにハナコさんを守ってもらったほうが、ハナコさんにとってシアワセ」など。

また、帰宅すると、娘のサクラや息子のハツオから、こんな風に励まされる。
「炊き出しボランティア?私は、良いと思うよ。
偽善とか、同情とか、憐れみとかじゃなくて、自分もホームレスの人から何かお恵みをいただいていると思ってやれば、ホームレスの人の存在価値を認められることになるから」
「おじいちゃんとおばあちゃん? そんなの関係ねえよ。
夢や目標があるなら諦めずにやる。諦めたら、そこで試合終了だろ!」
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日本人らしく行儀良く

 

公園には、約200人のホームレスが集まり、日本人らしく行儀よく、タテ一列に並んでいる。

先頭の人は、白いそうめんの入った紙製のお椀(わん)を受け取っている。

 

花子は、スマイル0円の笑顔で明るい声をかけながら、紙製の器に麺(めん)を入れ、それを手渡す。

「はい!どうぞぉ!今日は暑いですねぇ〜。冷たぁ〜く冷やしましたから、美味しいですよぉ。」

 

ギラギラと輝く7月の太陽が、梅雨明けの快晴をお祝いするように、そうめんの表面をキラキラと輝かせている。

 

娘のサクラは、花子の隣りでツユをかけている。

「こちらで、ツユをおかけしまぁ〜す!小さいお椀(わん)に分けることもできますから、かけたくないかたは、言ってくださいねぇ〜。」

と声をかけながら、薄茶色のつゆをそうめんの器に、そーっと注ぎ入れる。

 

サクラのアイデア

 

「ツユとそうめんを分けたい人には、別の小さい椀に入れる」というアイデアは、サクラのものだった。

「そうすれば、ホームレスのかたと会話しやすくなるような気がするんです…」とボランティアリーダーに相談したところ、リーダーも快く承諾した。

そして、サクラ本人がその仕事を担当することになった。

なので、サクラには、程よい緊張感と気合いが入っている。

サクラの「ツユ、かけちゃって良いですか?」という問いに答えない人もいたが、そんな人には、さりげなく「直接かけちゃうほうが食べやすいから、かけちゃいますね」と声をかけて、そーっと注いだ。

一方、10人に1人くらいは、「ツユダクにしてくれや!」とか、「ツユは少なめ、愛情はたっぷりで!」など、冗談を言ってくれたので、笑いが起こった。

そんな情景を見るのがサクラの望みだったので、サクラは嬉しかった。

 

お腹いっぱい食べてくださいね

 

サクラの隣りでは、ボランティアのリーダーが、ネギとショウガ、プチトマト、キュウリの漬物など、薬味(やくみ)を添えている。

「薬味も、お好みを言ってくださいねぇ〜。おかわりもいっぱいありますから、お腹いっぱい食べてってくださいねぇ〜」と声をかける。

 

そして、少し離れたところでは、息子のハツオが子どもたちと一緒に、バスケットボールをしている。

30分前に1回目のそうめんが茹で上がり、まず、子どもたちに配膳されたのだが、子どもたちは、あっと言ういう間に、それらを食べてしまったからだ。

 

 おかわり持っていきますね

 

結局、最後尾の人への配膳が終わるまでに、1時間ほどが、かかった。

「花子さん、サクラちゃん、もう大丈夫よ。あとは、おかわりを出すだけだから休んでね!

おかげさまでトラブルもなく、無事、予定通りに行ったわぁ〜。

サクラちゃん、良いアイデアを出してくれてありがとね!

会話がはずんだから、ホント良かったわ!」

とリーダーが、花子とサクラを労(ねぎら)う。

 

すると、サクラが、「よかったぁ〜。でも、あそこの人、もう食べ終わったみたいだから、おかわりを持って行きますね。それが終わったら、休憩させてもらいます!」と応える。

「あら? そう?じゃあ、持って行ってあげたら休んでね!」と、リーダーも快くサクラの気持ちを受け入れ、笑顔で応える。

 

ホンキのアイ

 

花子はそんなサクラを見ながら、しばらく物思(ものおも)いに耽(ふけ)る。

「サクラ、偉いなぁ。なんだかハツラツしてる。すごいな…。

でも、これがサクラの好きなことかもしれないのよね?

『偽善とか、同情とか、憐れみとかじゃなくて、ホームレスの人から何かお恵みをいただいていると思ってやれば、ホームレスの人の存在価値を認められる』とかって、言ってたっけ…

それがサクラの生き甲斐みたいなものなのかもしれない…」

 

そして、ふと、コトハの言葉が思い出される。

「もっと情熱的に激しく刺激的に、本気の愛を貫かれたら良いんじゃないでしょうか?

ハナコさんにとって、一番の快楽って何ですか?

花子さんにとって、一番気持ち良いこと、心地良いこと、エクスタシーを感じることって何?

1日中、彼氏とセクシャルな欲求を満たせれば、それが一番のシアワセ?

『彼の満足のため』は本気の恋愛じゃない。彼の満足のためにすることは悪いことじゃないけど、それは、本気の恋愛じゃないの…。」

 

コトハの言葉を思い出しながら、「ホンキのアイか…」と自分に向かって呟(つぶや)く。

 

太郎との別れ

 

あの日から、花子は太郎にメールするのを辞めた。

辞めることを決めたと言うよりは、メールしたい気持ちが起こらなくなった。

なぜかは分からない。

太郎への気持ちが冷めてしまった。

 

もちろん、太郎が花子に興味を持たなくなったことが、1番の原因だろう。

太郎は「花子を征服する」という目標を達成し、そこに満足したあとは、花子を必要としなくなった。

 

普通なら、「太郎くんは、オトコ特有の動物的欲求を満たしただけだったのね」と、太郎に絶望し、軽蔑し、怨んだだろう。

しかし、花子はそういう気持ちにならなかった。

花子には、それが不思議に思えた。

 

もしかしたら、梅雨が明けたから、ジメジメした気持ちも晴れて、気持ちもサバサバとドライになったのかもしれない、とも考えたが、それも違う。

 

なんとなくだけれど、太郎への未練が消えたり、同僚の梅子への嫉妬心が消えたりした理由は、太郎とは関係のない、どこか別のところ、つまり、花子自身の心に、何か変化が起こったからのような気がする。

 

特盛りそうめん

 

 

そんな花子の目の前で、サクラは、白い器に大盛りの麺とツユを入れ、ネギとショウガとプチトマトをたっぷり載(の)せた。

「特盛りそうめん」の出来上がりだ。

そして、50mほど先に座っている大柄の男のほうへと歩いて行った。

 

男は、20分ほど前、栄養のある食事を久しぶりに口にした。

やはり、残飯のファーストフードとは違う。

栄養のある食事は、精神をも癒やしてくれた。

食の力によって、体の緊張が解(ほぐ)れた男は、うなだれるようにして木にもたれかかり、目を閉じた。

スゥ〜、ハァ〜、スゥ〜、ハァ〜、と呼吸している自分にも気づく。

自分の呼吸に耳を澄ますことで、より一層、気持ちが安定し、男の心は、平和な気持ちに満たされていた。

 

すると「もう一杯、いかがですか?」という声が聞こえる。

「夢?」と思ったが、顔を上げると、若い女性が、お椀(わん)を両手に笑っている。

白衣の天使ならぬ、エプロンの天使を目の前にして、男は、もう一度「夢?」と思ったが、現実の可能性が高いと判断し、急いでカラダを起こした。

「はっ。はい? もう一杯? ボクにですか? 良いんですか?」

 

エプロンの天使が、「特盛りそうめん」を差し出して答える。

「はい。どうぞ。もちろんですよ!まだまだ、ありますから、お腹いっぱい食べてくださいね。」

 

男は「すみません」と一言、礼を言って受け取り、ボソボソ、呟くように話し出した。

 

「良いんですか…? 本当に…? 

良いんですか…? 食べちゃって…?

良いんですか…? ボクみたいなのが、生きていて…?

だって迷惑じゃないですか…? 働いてないし… ボクに食べる資格なんてないですよね…?

仕事ができない人間に、生きる資格なんてないですよね…。働かざる者、食うべからずですよね…?

人の役に立たない人間なんて、死んだほうが良いですよね…?

生きてるだけで、迷惑ですよね…」

 

今日も、最後までありがとうございました!

また、次回に続けますね。

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