純粋理性と恋愛感情の錯覚
これって恋愛? それとも?
恋愛と純粋理性の錯覚
恋愛のご相談をお伺いしていて、よく思うことの一つに、
「その愛は、恋愛感情ではなく純粋理性なのではないでしょうか?」
という内容があります。
純粋理性?
「純粋理性」というのは、哲学者カントが言った概念で、
人間は、無条件の愛を持っているというような内容になります。
例えば、
「近くで子どもが転んだのを見かけたら、どこの家の子であったとしても、近寄って助けてあげる」
とか、
「ワンちゃんが池で溺れていたら、池の中に入って、足が濡れても助けてがある」
みたいな行動を、
人間は(生まれながらに)取るようにできている。
そして、そのような
反射神経的に無意識的に、人(万物)を助けたり大切にしたりする愛情を
カントは「純粋理性」という風に名付けました。
(間違っていたらごめんなさい)
それは恋愛感情ではない?
そして、
カウンセリングをさせていただいていて、時々、思うことが、
「あなたが、彼を愛していることはよく分かります。
でも、それは、彼への恋愛感情ではなく、
あなたが持っている純粋理性ではないでしょうか?
つまり、あなたの無条件の愛なのではないでしょうか?」
ということです。
恋愛という名の迷宮
特に恋愛という迷宮に足を踏み入れると、
理性と感情の区別がつかなくなってしまい、
自分が何を考えているのか、
何を求めているのかも、わからなくなってしまいますし…。
「恋愛は盲目」と言う言葉の通り、
恋に落ちると、相手の欠点が見えなくなったり、
ありえないような期待を抱いてしまったりします。
まるで、分厚いベールで覆われた世界にいるかのように…。
理性的な選択、義務感、共感、未来への期待
恋愛には、様々な要素が複雑に絡み合っています。
例えば、周囲が勧める相手を「理性的にふさわしい」と感じてしまうこと。
それは、世間体や安定への願望が、恋心と錯覚させているのかもしれません。
あるいは、長年連れ添った相手への義務感が、「愛情」という名のベールを被っていることもあるでしょう。
共感
相手への共感が、恋愛感情だと勘違いしてしまうこともあります。「この人を支えたい」という気持ちは尊いものですが、それが恋愛感情なのか、単なる同情なのか、見極めるのは難しいものです。
未来への期待
未来への期待も、恋愛をややこしくする要因の一つです。
「この人と一緒なら、きっと幸せになれる」という希望は、時に現実から目を背けさせます。
恋愛は、理性と感情が織りなす複雑なタペストリーのようなもの。
時には美しく、時には残酷で、私たちを翻弄します。
純粋理性?それとも恋愛感情?と意識するだけで大丈夫
純粋理性と恋愛感情の区別をつけることは、簡単なことではありません。
しかし、その区別を意識することで、私たちは恋愛という迷宮の中で、少しだけ冷静さを保つことができるのかもしれません。
恋愛は、人生における大きな喜びの一つであると同時に、多くの苦悩をもたらすものでもあります。
だからこそ、私たちは常に自分自身を見つめ、理性と感情のバランスを取りながら、この複雑な道を歩んでいく必要があるのでしょう。