【中学時代】
僕とユリとは、中学校でも同じ部活に入った。
小学時代の暗黙のルールが、僕たちから恋愛を仲間はずれにしたように、暗黙のルールが、僕とユリとを吹奏楽部に押し流した。
特に二人で相談した訳でも、約束した訳でもなかった。でも、二人が吹奏楽部に入ったことを確認し合った時、「やっぱり。」とお互いに安心した。僕たちは、恋愛を仲間はずれにしながらも、吹奏楽部に入ることでお互いの好意を確認し合った。
ある日、ユリが僕に話しかけてきた。「今まで、やったことのない楽器に挑戦してみない?」と。
僕は、気軽に「うん。いいよ。やってみよっ!」と了解した。
そして、お互いに少し難しそうな楽器を選んだ。僕はトランペット、ユリはフルート。
それから、僕たちは、コンクールの入賞に向けて頑張った。しかし、コンクールに入賞できなかった時、僕たちはそれほど落ち込まなかった。
きっと、二人は、入賞すること以上に大切な何かを、吹奏楽部に求めていた。二人で、難しい楽器にチャレンジすることが、二人の距離を近づけることを、きっと僕たちは、すでに知っていた。
ある夏の日のこと。
吹奏楽部の練習が終わり、僕はいつものように男友達と一緒に帰っていた。が、その途中で音楽室に水筒を忘れてきたことに気づいた。
僕は男友達と別れ、音楽室へ戻った。そして、僕は音楽室の机の上に置きっ放しにしてあった水筒を見つけ、それをカバンに詰め音楽室を出た。
その時、後ろから「ノーリくん!」と言うユリの声が聞こえた。
(僕の名前はヒサノリ。ユリは僕をノリくんと呼んだ。)
「あれっ、ユリちゃん! 友達は?」
「フルートのこと先生に教わってたの。友達には、『遅くなりそうだから』って言って、先に帰ってもらった。ノリくん、水筒、忘れてったでしょ。」と言いながら、ユリは「ノリくん馬鹿ね~。」という表情で笑った。
僕たちは、そのまま一緒に帰った。一緒に、できるだけゆっくり歩いた。ゆっくり歩くことは相談して決めたことではなかったが、お互いの暗黙の了解だった。
僕たちは、はじめ部活の話をしていた。でも、当然のように友達の話、先生の話、テレビの話へと話題を脱線させていった。小学時代と同じように、二人は心からその脱線を愉しんだ。お互いが持っているすべての情報をお互いが口にし、その情報に伴う「好きだ」とか「嫌いだ」という気持ちも、「嬉しい」とか「楽しい」とか「辛い」といった感情も、お互いにすべて表現し共有し合った。
ただ一つ、恋愛だけを、仲間はずれにして…。
その時の歩くスピードは、かたつむりと同じくらいだったかもしれない。それ以来、僕は男友達と別れる口実を探すようになり、ユリは居残る口実を探すようになった。そして二人は年に数回、偶然の出逢いを演出することに成功した。その5倍くらいの失敗を経験しながら…。
もしかすると、あの夏の日に水筒を忘れユリと出逢った偶然は、ユリが偶然の出逢いを演出することに成功した、第1回目のことだったのかもしれない。