本当の自分に出会う物語「コトちゃんはひきこもり」(17)

本当の自分に出会う物語

【高校時代】

 

本当の自分に出会う物語

 

中学3年の終わり、二人は同じ公立高校を受験した。

ユリは頭が良かった。偏差値の高い進学高校に、入学できる学力を十分に持っていた。でも、ユリは僕と同じ最寄りの公立高校を受験した。

ユリの両親や担任の先生は「もっと偏差値の高い進学高校を受験したらどうだ。」と、ユリを説得した。

しかし、ユリは言った。「遠い高校は通学が疲れる。近くの高校のほうが友達もたくさんいて楽しいから近くの高校にする。」と、頑ななまでに、両親や担任の意見に反対した。

確かに、ユリはもともと芯の強い女の子だった。でも、ユリが両親や担任の言うことに逆らう姿は見たことがなかった。

だから、僕にはユリのその頑なさに少し違和感を感じた。もちろん、ユリは僕にも同じことを言った。「近くの方が楽だから。」と。

でも、僕は心の奥で期待した。「もしかしたら、ユリは僕と同じ高校に行って、同じ部活に入りたいのではないか?そして、そのことで僕はユリの好意を確認できるのではないか?」と。

そして、二人は最寄りの公立高校に入学した。ユリは、最初の中間試験で成績がトップになった。当然のことだった。が、「あまり目立ちたくないから。」と言って、次の試験からはわざと間違えて、学年で10番くらいになるようテストの点数を調整していた。

高校に入り、僕とユリは当然のように軽音楽部に入った。

入学式の日、僕はユリに尋ねた。

「ユリちゃん、何部に入る?」

「どうしよっかな~。ノリくんは?」

「オレ、ギターしかできないし…。」

するとユリは、「そう?トランペットも、良かったけどな~。」と意地悪そうに笑った。

ユリは、僕が中学の時トランペットに挑戦したものの、なかなか音を出せずにさんざん苦労したことを、僕に思い出させた。結局、ユリが「どうしよっかな〜。」と言ったのは、サプライズを演出しただけだったことを僕はあとで知った。

僕はギター。ユリはキーボード。お互いに自分が得意なパートについた。僕とユリは、普通の友達として軽音部で練習していたが、僕もユリもお互いに好きだったし、軽音部の仲間達もその空気を感じ取った。

そしていつの間にか、ユリの女友達は「僕」を「彼氏」と呼び、僕の男友達は「ユリ」を「彼女」と呼ぶようになった。僕たちも、あえてその名称を否定しなかった。僕たちは周りの友達に後押しされて、いつの間にか彼氏と彼女になっていた。

告白することもないままに…。

僕はその運命のような後押しを歓迎した。なぜなら、男友達と別れる口実を探さなくて済むようになったからだ。ユリも学校に居残る理由を探す必要がなくなった。もちろん、かたつむりのように歩く必要も。

どうせ、明日も一緒に帰れるのだから…。

高校一年の冬の日。

僕たちが、恋愛を仲間はずれにするのを止める日が来た。

2月14日。 バレンタインデイ。 僕たちは、いつものように一緒に帰った。 まだ、夕方の6時だというのに 当たりは夜のように暗かった。

ユリは帰り道にある公園で、赤い包み紙、ブルーのリボンがついた小さな箱を、コートのポケットから取り出し、真面目な顔をして言った。

「ノリくん。 私たち、ちゃんとしたほうがいいと思うの。」

「ちゃんとする?」

「そう。 真面目なお付き合いをすることを誓うの。」

「オレも賛成だよ。」

「じゃあ、模擬結婚式しよっ! 本試験の前に模擬試験があるのと一緒よ。」

僕は、模擬結婚式で、ユリが何をしようとしているのか分からなかった。 何が起きるか不安だった。 でも、僕は「ユリを信じよう」と心に決めた。

「うん。いいよ。」

「じゃあ誓って。 ノリくんは、ユリちゃんを永遠に愛することを誓いますか?」

僕は「誓う。」とユリの目を見て答えた。

「それじゃあ受け取って。」

ユリは両手でチョコを差し出し、 僕も両手でそれを受け取った。 結婚指輪を交換するかのように。

そして、その場でブルーのリボンと赤色の包み紙を外し、 ハート型のチョコレートを半分に割った。 そして、その半分ずつを二人で分け合いその場で食べた。

その日は「純粋な恋愛」を誓う日となった。 小雪が舞った。 吐息が白かった。

ユリは、いつもと同じ黒のコートと濃紺のマフラーを身にまとっていた。 しかし、散らつく小雪と白い吐息とがユリを白色に装った。

その日から、僕たちは手をつないで帰るようになった。 結婚式まではそれ以上の関係を持たないことをお互い暗黙のうちに了解した。

 

高校一年の僕たちは、すでに『真面目なお付き合い』の意味を理解していた。

実際、僕はその『真面目なお付き合い』を心から歓迎した。僕は純粋なユリを汚したくなかった。どんな男にもユリを汚させたくなかった。 もちろん僕もその男の中の一人だった。

その頃、僕はもう、僕の中に純粋でない汚れた男が潜んでいることを感じていた。 そして、僕は「僕の中の汚れた男からユリを護らなければならない。」と思っていた。 さらに、その汚れし者からユリを護ることが決して容易でないことも察知していた。

 

僕は、バレンタインデイに恋愛を仲間はずれにすることをやめ、その代わり、僕の中にいる汚れし者からユリを護ることを誓った。

僕に向かって…。

 

 

つづく