【あたり前で普通のこと】
ミーン、ミー、ミー、ミー…。
セミの声が、やけにうるさい。
僕の頭は混乱している。
「僕が?コトハを?『思い通りに』?動かしている?どういうこと?」
茫然としている僕に、コトハは穏やかな声でゆっくり続けた。
「逆に、コトちゃんがお兄ちゃんの体を動かしたこともあったよね?」
「えっ?そんなことあった?オレが、コトちゃんに動かされたってこと?」
「うん、そうよ。コトちゃんが小さかった時、コトちゃんよく公園でいじめられてたよね。それでお兄ちゃん、よく助けに来てくれたじゃない。」
「はあ?コトちゃんがいじめられてたら、助けに行くなんて、別に当たり前っつうか普通のことじゃん。」と、僕は、混乱していたが、力なく応えた。
すると、コトハが力強い声を出した。
「さすがお兄ちゃん!良いこと言うわ!
その当たり前で普通のことが、ぜーんぶ『一つ』っていうことなの!
当たり前で、普通だから、なかなか、そのことに気づけないのよ!」
まだ、僕は混乱している。
コトハの言葉が耳に入るのを拒もうとする自分が、自分の中のいる。
「僕が『コーヒーを飲みたい』と思ったから、コトハがコーヒーを持ってきた?
コトハがいじめられ、『助けて欲しい』と思ったから、僕がコトハを助けに来た?
表現を変えれば、僕が思った通りに、コトハの体が動き、コトハが思った通りに、僕の体が動いている。そういうことを、コトハは言いたいみたいだ。
さっき、僕は、『オレはコトちゃんの体を動かせない。だから、オレとコトちゃんが、一つっていうのは、おかしい。オレとコトちゃんは、別個な存在で、それぞれが、自由にバラバラに動いている。』と、自信を持って言った。
しかし、僕の言ったことは、間違っていたのだろうか?もしかすると、僕は、今まで、間違った常識を持っていたということなのだろうか?」
僕は、自分が否定されたように感じた。コトハの言うことを拒もうとしている自分がいる。
しかし、『僕の思った通りに、コトハが動き、コトハが思った通りに、僕が動いている。それが、現実。』
そう考えると、それだけで、何故か、胸の奥が温まるような不思議な感覚がある。
温かな両手を胸に当てたような…。
『僕が思った通りに、コトハが動き、コトハが思った通りに、僕が動いている。それが、現実。』
なぜなのかはわからない。とにかく、そのことを想像すると、肩の力が抜けるような安堵感を覚える。うるさかったセミの声も、心地よく感じる。
セミが、僕の暑さをまぎらすために鳴いてくれている…。
ミーン、ミー、ミー、ミー…。