【ケアレスウィスパー】
コトハが、言う。
「とにかくお兄ちゃんは、『ユリさんと一つ』という普通で当たり前の状態にいた。でもお兄ちゃんは、不幸を選択してその状態から離れてしまった。きっかけは、お兄ちゃんが会社をクビになったこと。」
僕は、「クビじゃねえし。自己都合退職だし…。」と、言い訳するかのようにブツブツ反論したが、相変わらずコトハは、静かに力強く話し続ける。
「ところで、お兄ちゃん。会社をクビになることと結婚。何か関係があるの?」
僕は、「コトハのやつ、またクビって言ったな。」と少し腹を立てながら、
「そりゃ、そうだろ!稼げなきゃ旅行も行けない。マイホームも持てない。車も買えない。外食もできない。そんなんで、結婚できるわけないだろ!」と言った。
コトハは、返す。「その、お兄ちゃんの、『行けない。』『住めない。』『買えない。』『できない。』『ない。ない。ない。ない。』っていうのが、お兄ちゃんの罪悪感なのよ!それは、本当のお兄ちゃんじゃないの!」
「また、コトハが難しいことを言い出したな。」と、僕は少し気が重くなった。
「罪悪感を例えて言うなら、ケアレスウィスパーよ。 妖怪ウォッチのウィスパーじゃないからね。」 と、コトハは僕を笑わせようとして言った。
僕は冷めた声で応じた。
「妖怪ウォッチじゃないくらいは、分かるけど…。 ワムの『ケアレスウィスパー』だろ?」
「そう。罪悪感はまさに、ケアレスウィスパー。 危険な囁(ささやき)なの。 罪悪感は、 お兄ちゃんの耳元で、『コソコソコソコソ』って囁くようにして言うの。
『お兄ちゃん。 あなたは、悪いことをした。 だから、幸せになっちゃいけないよ。』って。」
「何だか、気持ち悪いなあ。」と、僕が口を挟む。
「ごめん。ごめん。 でも実際に、罪悪感はお兄ちゃんの耳元で囁いている。そして、お兄ちゃんに不幸を選択させている。幸せを選択しようとしている本当のお兄ちゃんの邪魔をする。つまり、罪悪感が巧妙にお兄ちゃんを操って、お兄ちゃんに不幸を選択させているの。
特に罪悪感は、お兄ちゃんにウソを信じこませる…。」
「オレにウソを? 信じ込ませる? どういうこと?
オレをだますってこと?」と、僕はコトハの話をさえぎるように尋ねた。
すると、「ピンポン!ピンポン!ピンポーン!大正解!お兄ちゃん、頭、柔らかくなったね〜。コトちゃん基礎講座の卒業証書を授与してあげるわ!さっきの卒業証書没収は、取り消し〜!」と、コトハは僕をからかった。
そして、そのまま続けた。
「お兄ちゃん。そうなの!お兄ちゃんは、だまされてるの。お兄ちゃんは本当は『ある』のに、『ない。ない。ない。ない。』ってだまされてるの。まるで、罪悪感がお兄ちゃんに遠隔操作のセンサーを組み込んで、お兄ちゃんを好きなように遠隔操作してる感じなの。」
僕は、「オレが罪悪感に遠隔操作されている?そんな馬鹿な。」と、心の中でつぶやいた。
コトハはさらに続ける。
「そのお兄ちゃんをだましているウソには、大きく分けて二つある。その一つ目が?」と言って、コトハは少し間を空け、僕の目を見た。
「分かるわけねえし…。」と、僕は心の中でつぶやく。
コトハは、「僕の心の声を確かに聞きました。」と言わんばかりの表情をして言った。
「『お兄ちゃんは価値がない。』というウソよ。」
「オレに価値がない?
そうだな。
確かにオレには価値がない。」
と、僕はコトハの言葉に同意した。
「だから~!
それが、『お兄ちゃんがケアレスウィスパーのウソを信じてる』って言うことなの!お兄ちゃん、しっかりしなちゃい!」
コトハは、幼稚園児がママゴトで先生役を演じるかのようにふざけるように言い、僕の頭を軽く叩いた。
とりあえずコトハは、僕を励ましたいみたいだった。
セミたちも、ボクを励ますかのように元気に鳴いてくれている。
ミーン、ミー、ミー、ミー、ミー…。