続・幸せの方程式(4)
【 有=無 ② サバンナ 】
海から離脱し、フワリフワリと宙に浮いた僕のカラダは、海の中にいた時の1万倍、いや、一億倍くらいの速さで動くようになった。
僕は、もう、すでに、海の上にはいない。
黄土色がかった白い砂ぼこりが目の前で巻き上がっている。
ダダッダダッという大きな地響きを鳴らしながら、数十頭のシマウマの群れが、走り去っていく。
そのシマウマの群れを、猛追してるのは、黄土色と黒色の縞模様を身にまとったチータだ。
そのチータは、5秒前まで、ベトナム戦争でゲリラ戦に挑んだアメリカ軍兵士が迷彩柄の軍服や帽子で身を包み、迷彩柄を密林や森林の模様と一致させ匍匐(ほふく)前進して敵に近づくように、
自らの縞模様の黄土色の部分は大地の色と、縞模様の黒色部分はサバンナに生育するアカシアの木の色と一致させながら、抜き足差し足忍び足でゆっくりゆっくり一歩ずつ一歩ずつ、シマウマの群れに近づいていた。
自分の腹の体毛を大地に触れさせるくらいに身を沈め、手の平や足の裏が完全に地面に着地してしまうまでは、その手足に体重をかけないようにすることで、歩みの音が一切生じないよう全神経を集中させ、慎重に慎重を重ね、一歩ずつ一歩ずつ獲物に向かって進んでいた。
しかし、シマウマとの距離が250mのところまで近づいた時、一頭のシマウマがアカシアの木の影の奇妙な移動に異変を感じた。
その様子に違和感を感じたシマウマは、チータの存在を確信した訳ではなかったが、動物的な直感に従って、チータと正反対の方向へ一目散に走り始めた。
そして、その一頭のシマウマの爆走は、他のシマウマの群れたちに敵の存在とその位置を知らしめ、シマウマの群れたちも、一斉にチータと反対方向に走り出した。
チータは、シマウマとの距離を更に250m縮める自信はなかったが、「せっかく250mまで近づいたのだから、その苦労を無駄にする訳にはいかない!」という気持ちを両手両足に込め、目一杯の力で大地を蹴り出してシマウマの群れを追った。
そのシマウマの群れとチータは、爆走すると同時に後方の空気を吸い上げ、もともと1気圧あった後方の空気は、チータが走り去った後には、0.8気圧の低気圧へと生み変えられていた。
鳴門海峡のうず潮の中心に小さな船舶が吸い込まれていくように、僕は渦を巻きながらその低気圧の中心へと吸い込まれて行った。