続・幸せの方程式(16)
【潜在意識⑥ 死ぬまで】
その男は、すでに血だらけになっているというのに、猛禽たちは、「カー!カー!」と憎しみに満ちたような声を発しながら、容赦なく男の内臓と頭蓋骨に自らのクチバシを差し込み、男の内蔵ホルモンと脳味噌を食べ尽くそうとしている。
ついに、男のひざの角度は90度を超えた。
海水浴場の浜辺で作った砂の城が海の波にさらわれて崩れ落ちていくように、その男は力を失い崩れるようにして倒れた。
すると、彼が墨汁(ぼくじゅ)で満たされた書道の硯(すずり)の中に落ちた訳でもないし、高校球児が一塁ベースに向かってヘッドスライディングする甲子園球場の中で倒れた訳でもないにもかかわらず、男の衣服は、真っ黒に汚れた。
そして、真っ黒い染料のような汚れは、見る見るうちに男のカラダ全体に染み込んでいる。
男は、また、太陽に照らし出されて生じた影法師のように真っ黒くなった。
よく見ると、その染料は墨汁でも甲子園球場の砂でもない。
大量のアリとゴキブリだ。
男は、やっとのことで起き上がり、身体中によじ登って来たアリとゴキブリの大群を両手の甲で何度も何度もはたいて振り落とし、また、ヨロヨロ、ヨロヨロ、よろめきながら、右へ、左へ、前へ、後ろへと歩き始めた。
「立ち止まっても、倒れても、猛禽や虫の餌食になってしまうということか。
あの男は『死ぬ』まで、ああして、歩き続けなければならないのだろうか?
いや、もし、彼があちらの世界で『死んでから』、こちらの世界に来ているのだとしたら、彼は永遠にああしていなければならないのだろうか?
もし、そうなのだとしたら、まさに地獄沙汰だ。」
僕がそう思った時、シャンカールが言った。
「彼は医者だった…。」