花子の不倫(9)空白の5秒間

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《 前回までのあらすじ 》

(2人の子どもを持つ母親)花子は不倫してしまう。

結果、気持ちが不安定になり、家族関係も悪化。

路頭に迷った花子は、タピオカ入り豆乳ラテに惹かれて喫茶店「ロトール」に入り、そこでウェイトレスのコトハに出会う。

花子はコトハから「お話をお聞きします」「禁断の恋ゆえのお悩みかと…」と言われ、頭が真っ白になってしまう。
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空白の5秒

 

コトハの「禁断の恋ゆえのお悩みかと…」という言葉で、花子の思考は停止し、頭が真っ白になり、周りの音が真空状態になった。

花子は、目の前にある肌色のラテを、ボーッと見つめている。

店内はエアコンが効いていて涼しい。

それなのに、ラテ入りのグラスは大粒の汗をかいている。

空白の時間は、たった5秒間だったが、花子にとっては、とても長い5秒間だった。

まるで、ウトウトと居眠りした時間がわずか5秒間だったのに、その時に見た夢が、怖い人から逃げ回ったり、高いところから落ちたりと、波瀾万丈なストーリーだったため、その5秒間がとても長く感じられた時と同じような長さだった。

そして、自分の中にいるもう1人の自分が自動運転するように言葉を発した。

「はい…。確かに…。そうなんですけど…。」と。

花子は、狐(キツネ)につままれたような気持ちになっている。

が、さらに、
「やっぱり、ダメですよね。不倫は…。」と言葉を続け、額(ひたい)を前側に傾(かたむ)けた。

コトハは、 「そうですねぇ〜〜〜。」と深いため息をついてから、こう続ける。

 

キライよりマシ?

 

「でも、人って、  快楽が必要ですしぃ〜〜。

そうじゃないと、欲求不満がたまっちゃいますしぃ〜。

セクシャルな刺激を求めることは、生まれながらの自然な欲求ですし…。

それに、人を好きになることって、人を嫌いになるより、よっぽどマシなことだと思いますし…。

子どもは、基本的に親の離婚を望んでいませんから、 子どもを傷つけないために、不倫を選択するというのもアリかもしれないですし…」と。

花子は、再び、妙な違和感を感じる。

コトハという目の前のウェイトレスは、不倫とは縁もゆかりもなさそうな、「私、高校生です」と言ってもおかしくない若い女の子だ。

そんな女の子には、「快楽」だとか「欲求不満」だとか「セクシャルな刺激」とか「離婚より不倫」などという言葉が、

全然、似合っていなかった。

例えるなら、どこかの小学生が「わたしね。コーヒー牛乳より、レギュラーコーヒーのほうが、苦味と酸味が利いていて好きなの」と言っているようなギャップがあった。

 

子どものお遊び

 

しかし、それが、なんだか可笑(おか)しく、滑稽(こっけい)に思えて、花子は少し笑ってしまった。

すると、気持ちが軽くなり、「不倫」という、重たく暗い罪悪感に満ちた言葉が、子どものお遊びのように小さい些細なことに思えた。

だから、花子も軽いジョークを交え、

「やだぁ〜。コトちゃん。

私、そんなにぃ〜。

なんて言うかさぁ〜。

快楽が欲しかったとかぁ、 欲求不満だったとかぁ〜。

そういうわけじゃなくてぇ〜。

欲求がないわけじゃないけど、そんなに欲求が強いほうじゃないって言うかぁ…。

不倫かもしれないけどぉ。

やっぱり、本気で愛してなきゃ、そういうことにもならないって言うかぁ。

今までに出会えなかった、本気の愛に出会ってしまったっていうかぁ…。」

と返す。

コトハは、

「ホント、そうですよねぇ〜。

やっぱり、愛ですよねぇ〜。」

と微笑んで、深くうなずく。

そして、尻切れトンボのように、再(ま)た、カウンターのほうへと消えていった。

 

トロイメライ

 

「あれ?コトちゃん、行っちゃった?」

花子の目の前には、大粒の汗をかいた豆乳ラテだけが残されている。

「ホント、不思議な子…」と思いながら、ラテにささっている、太いストローを右手の中指と親指で軽く挟み、ラテとタピオカを口の中に吸い込む。

紅茶の香ばしさが渋くて濃い。

タピオカが、氷のように冷たい。

「もしかして、このタピオカ、凍ってる?

だから、こんなにたくさん水滴がつくのかな?」

と推測しながら、ラテの上に添えられている、深いグリーンのペパーミントの葉っぱを、右手の中指と親指でそっと掴(つか)み、口に入れ、右の奥歯でかみしめた。

そして、大きく深く呼吸する。

「はぁ〜〜〜〜〜」

すると、清涼感漂う空気が、胸の奥深くに入った。

「ああ〜〜。 

気持ちいぃ〜〜。」

 

 

その時、ピアノの演奏が、再び始まる。

「この曲は、確か、トロイメライ…。

作曲者は、確か…。

う〜ん?

誰だったっけ?」

 

 

また次回に続けますね。

よかったら、引き続きお付き合いくださいませ。

今日も、最後までありがとうございました!

あなたのお幸せを祈っております。