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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
その結果、気持ちが不安定になり、家族関係も悪化し、アルコールや安定剤に頼るようになる。
そんなある日、ふらっと入った喫茶店「ロトール」で、ウェイトレスのコトハに出会う。
そして、不倫の悩みを打ち明けてしまう。
そんな花子に、コトハは意外な言葉をかける。
「人には快楽が必要」「そうじゃないと欲求不満がたまる」「セクシャルな刺激を求めることは、生まれながらの自然な欲求」「人を好きになるって、人を嫌いになるより良い」
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作曲家は?
ニット帽を被(かぶ)った女性が、漆黒のアップライトピアノに向かい、「トロイメライ」を弾いている。
その時、またコトハが現れ、花子に声をかけた。
「ユリさんのピアノ、素敵でしょ?」と。
花子は、突然のコトハの声に少しビックリしたが、「はい。本当にステキですぅ〜。」と答えた。
さらに、
「なんだか、とても、癒やされます。
特に、『トロイメライ』は、わたしの好きな曲で…。
でも、作曲者の名前が出てこなくて…。」と照れくさそうに笑う。
コトハは、また、人差し指を立てて言う。
「シューマン?」
「あぁ〜!それそれ!シューマン、シューマン!」と、ボリュームを落とし、かすれ声を出して、花子も無邪気に笑う。
気持ちが軽くなった花子は、ついでに、気になっていたことも訊(き)いてみることにした。
「ところでなんだけどさぁ〜。
コトちゃん、なんで、さっき、禁断の恋って分かったの?」
恋の疲れを癒やすピアノ
「ですよねぇ〜。不思議ですよねぇ〜。
ユリさんのピアノって、ホントすごいんですよぉ〜。
なぜか、【恋に疲れたオンナ】のココロを癒やしてしまうっていうかぁ。
そういうチカラがあるみたいでぇ…。
わたし、ある日、お客様を見ていて、何となく、それに気づいたんです。
ユリさんのピアノの近くに座られる女性のお客様には、何か共通点があるって…。
なんだか、みんな疲れた顔をして、ため息をついて、グラスやカップをボーっと見つめられるんです。
そして、一心にユリさんのピアノに耳を傾けられる。それから、しばらくすると、 『ふぅ〜〜〜。』とか『はぁ〜〜〜〜。』って、大きく深呼吸をされるんです。
それで、「どうかなさいましたか?」って、お客様に訊いてみることにしたんです。
そしたら、みなさん、恋に疲れ、悩みを抱えていらして…。
それで、今日のお客様も、もしかしたら、同じかなあって思ったんです。
それで、声をかけさせて頂いたんですけど、やっぱり、今日も正解だったので、 『5戦5勝の負けなし!』なんです!
ユリさんのピアノのチカラって、ホントにすごいんですよねぇ〜!」
と、スマイル0円の笑顔を見せる。
気持ちが楽になったことは確かだったから
花子は、
「あのねぇ。コトちゃん?
そういうところで賭けるの、辞めてくれない?」
とツッコミを入れたかったが、コトハの言う通り、【恋に疲れていた】ので、ツッコミを入れられなかった。
そんな花子の気持ちをよそに、コトハは、さらに続ける。
「ところで、お客様のお名前、お聴きしても大丈夫ですか?」
「わたし?」
花子は、内心、「なんで、カフェで自分の名前を言わなきゃならないのよ?」と思ったが、コトハという陽気なウェイトレスと、ユリというピアニストがいる、この店が気に入ってしまったので、
「ハナコよ」と答えた。
「ハナコさんですね!よろしくお願いいたします!
今なら少し時間があるので、よかったら、お話をお聞きしますよ」とコトハが続ける。
花子は、「こんな高校生みたいな子に言ったって、どうにもならないんだろうけど」
と思いながらも、とりあえず参考程度に、コトハの考えを聞いてみたくなった。
さっきコトハに言われた
「人には快楽が必要」
「そうじゃないと欲求不満がたまる」
「セクシャルな刺激を求めることは、生まれながらの自然な欲求」
「人を好きになるって、人を嫌いになるより良い」などの言葉で、少し、気持ちが楽になったことは確かだったからだ。
本気の愛を貫くことで人は幸せになれる
花子は、2秒間『ふぅ〜〜〜。』と深いため息を吐いてから、ボソッと言った。
「これから、どうしたら良いのかなぁ〜〜。」
コトハは相変わらず、ハキハキした声のトーンで言う。
「ハナコさんは、さきほど、本気の愛だと言っていらっしゃいましたよね?」
「はい。まあ〜。」
「それなら問題ないじゃないですか!?
本気の愛を貫くことで人は幸せになるんですから!」
と銀色の丸く大きなお盆を自分の胸に押し付け、コトハは笑みを見せる。
花子は、
「この子、どこまでポジティブなの?
やっぱり、この子には分からないかぁ〜。」
と思ったが、コトハを傷つけないよう、できるだけ優しい言葉を返した。
「ええ…。
まあぁ〜。
そうなんでしょうけどぉ…。
でも、今のままじゃ、抗うつ剤と精神安定座のクスリ漬けになって、私のカラダも壊れてしまって、実際、家族も壊れかけてるし…。」
「あら。そうだったのですね。
朝は抗うつ薬を飲んで元気づけて、夜は、安定剤や導入剤で眠るっていうことですか?
それは、大変ですねぇ〜〜。
おクスリは、あまりよくないというかぁ…。
そうなんですねぇ…。
困りましたねえ…。」
コトハは、眉間にしわを寄せた。が、
「でもぉ〜。
やっぱりぃ〜。
本気の愛を我慢しちゃうと、欲求不満になって、ストレスがたまって、余計に心が病んじゃうから、もっともっと、本気の愛を貫かれたら良いんじゃないでしょうか?
本気の愛を貫くことで人は幸せになれるますし…。
それに、どうせ、一度きりの人生なんですから!」
と、変わらず、ハキハキ言う。
花子は、「この子、どんだけぇ?
っていうか、もうちょっと、空気読めないのかなあ?
でも、昔の自分もこんなだったかもしれないし…。」
と、できるだけコトハの言葉を受け入れようと努力した。
が、「もっともっと」という、言葉だけは受け入れらず、怪訝な顔をして、コトハに訊いた。
「もっともっと?」
もっと激しく?もっと情熱的に?
すると、コトハは、自信ありげに、少し声を太くして言う。
「はい。
もっと、情熱的に。
もっと、激しく。
もっと、刺激的に。
本気の愛を貫かれる方が良いんじゃないかと…。」
花子は、少し、イラッとした。
そして「大人をからかわないで!」と言わんばかりの声を出す。
「あのねぇ。コトちゃん?
さっきも言ったけど、わたし、そんなにセクシャルな欲求不満がたまっているんじゃなくてね…。」
コトハは、表情から笑顔を消した。
「はい。
だれも、セクシャルな欲求不満なんて言っていないですよ。
そっちの欲求じゃなくても、もっと情熱的に、もっと激しく、もっと刺激的に、できるんじゃないのかなぁ、と思いまして…。」
花子の心には、まだ、イラッとした気持ちが残っている。
そして「何言ってんの?この子?」と、首をかしげる。
一番の快楽?
空気を読めないのか?
それとも読まないのか?
コトハはさらに続ける。
「ちなみにハナコさんにとって、一番の快楽って何ですか?
花子さんにとって、一番、気持ち良いこと、心地良いこと、エクスタシーを感じること、幸せを感じることって何でしょう?
たとえば、1日中、そして、毎日、彼氏と一緒にいて、セクシャルな欲求を満たせれば、それが、一番のシアワセ?」
コトハは、そこまで言って、口を閉じた。
5秒間の沈黙の後、花子は、ゆっくりと口を開けた。
先ほどまでのイラッとした気持ちが、その5秒間でどこかへ行った。
「さすがに、それは、ごめんだわぁ〜。」
コトハは、しつこく、同じような質問を繰り返す。
「じゃあ、もし、毎日、彼氏と一緒にいてセクシャルな欲求を満たせれば、それで、ハナコさんの人生に悔いは残らないですか?」
「うーん。なんか、それも違うような気がするんだけど…。」
「じゃあ、彼氏は、どうですか?
たとえば、彼氏は、1日中、そして毎日、ハナコさんとセクシャルな欲求を満たせれば、それで一番の幸せになりそう?」
「うーん。そうねえ。
もしかしたら、彼はそうかもねえ…。
やっぱりオトコだからぁ〜。」
コトハは、笑う。
そして、まるで、井戸端会議をしているオバちゃんのような言い方をする。
「ホント、男って、しょうがないですよねえぇ〜。
動物的本能が強すぎるっていうかぁ〜。
オオカミみたいって言うかぁ〜。
男性脳は、そのことで頭がいっぱいみたいだから、仕方ないのかもしれないですけどねぇ〜。」
花子も笑う。
その時、ピアノ演奏「トロイメライ」が終わった。
店内が、一瞬、真空になる。
「でもね。
とにかく、それは、本気の恋愛じゃないの。
『彼の満足のため』は本気の恋愛じゃない。
『彼の役に立つ』も本気の恋愛じゃない。
彼の満足のためにすることは悪いことじゃない。
でも…。
それは本気の恋愛じゃないの…。」
また、次回に続けますね。
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