瞑想と自分軸

アドラー心理学,課題の分離,嫌われる勇気,スピリチュアルカウンセラー


② 瞑想と自分軸(なぜ、瞑想すると人間関係が楽になるのか)

瞑想と自分軸

 

今回は「なぜ瞑想をすると人間関係が楽になるのか」の第2回目、

瞑想と自分軸」というテーマになります。

瞑想と自分軸

自分の課題を知る

前回

人間関係がしんどくなってしまう理由は、

課題の分離ができていないから?」

などと書かせていただいたのですが、

「なぜ課題の分離ができないのか?」と考えると、

まず第一に思い浮かびますのが、

「なぜかというと、自分が自分の課題に気づけていないから」かなあ?

ということになります。

他人様の夢や願望を応援したい?

つまり、もし、

自分が自分の課題を理解し、自分軸に沿って、

夢や目標に向かっているとしましたら、

他人様(ひとさま)に対しても、

「それは、あなたの課題だし、その課題を克服することで、

あなたの幸福感も上がりますよね!」と

他人様の夢や願望を応援したいというポジティブな気持ちで、

「それはあなたの課題ですよね!」と言えるようになるのではないかと…。

自分の課題を認知するために

「では、どうすれば、自分の課題を認知できるのか?」

「では、どうすれば、自分軸を立てられるようになるのか?」

と言うと、

( これはあくまでも、ボクの個人的な感覚ですが… )

「瞑想」することで、それができるようになるのではないかと考えております。

瞑想マインドフルネス

瞑想とは宇宙や自然と自分とを融合すること?

ちなみに、瞑想というと、

胡坐(あぐら)をかいて座り、呼吸をスーハースーハーすることを

イメージしてしまうかもしれないですが…。

そのように限定的に「瞑想」というものを定義するのではなくて、

もう少し、大きな視点で、

「瞑想とは、宇宙や自然と自分とを、統合・融合させること」という風に

捉(とら)えてみていただけたらとも思っております。

歩くも瞑想、食べるも瞑想

例えば、

緑の豊かな公園を散歩することも「瞑想」になるし、

新鮮で美味しい食事をいただくことも「瞑想」になるし、

綺麗な景色を見たり、新鮮な空気をお腹いっぱいに吸い込むことも

「瞑想」になるという感じで…。

瞑想的ではない行為とは

では反対に、瞑想的でない行為がどのようなものになるのかというと、

テレビを見る、YouTubeを見る、SNSを見るなどになるのかなあと思っております。

特に、自分軸と関係のない内容をスマホで視聴しているとしたら、

それが(宇宙や自然と自分とが分離される)

瞑想的でない行為になってしまうのではないかと…。

もちろん、テレビ等を視聴することが悪いことではないですし、

それらによって、自分の課題や自分軸に気づくケースも多くあると思います。

しかし「瞑想的な生活」という土台がないまま、

テレビやスマホの情報に流されてしまうと、

自分軸を見失い、他人軸に流されてしまうのではないかと…。

思考と現実の矛盾

少し、話がそれてしまうかもしれないのですが、

最近、カウンセリングをさせていただいていて、

よく思いますことが、

「思考と現実の間にギャップ(矛盾)を抱えている人が増えた?」

ということです。

そして、そうなってしまった原因が、

「スマホやテレビで流されている情報に洗脳されているから」

のように感じてならないので…。

すみません。

話を元に戻しますと…

地に足がつき、心が落ち着くと

スマホなどの情報を遮断して、

宇宙や自然と自分とを融合させる

(瞑想的な生活を送る)ことができると、

地に足がついて、心も落ち着いて、

心身をしっかりと休ませることができるようになります。

そして、心身にエネルギーが充満すると、

「あれ、やりたいな」

「そういえば、昔、これがやりたいって思ってたな」

という風に、

自分の課題や、自分軸、本当の自分の好奇心などに、

気づかれるのではないかと思っております。

試練が恵みに変わる

次回は、

今、実際にネガティブな感情に苛(さいな)まれて、

振り回されて、支配されてしまっている場合、

どのようなプロセスで、その感情が昇華されるのかについて、

ネガティブ感情が消化されると、試練が恵みに変わる?

というテーマで、書かせていただきたく思っておりますので、

よろしかったら、また、お付き合いくださいね。

本日も最後までお読みくださり、本当にありがとうございました!

あなた様のご健康とお幸せを祈っております。