本当の自分に出会う物語「コトちゃんはひきこもり」(18)

【高校卒業】

 

 

大学サークル

 

僕とユリとは公立高校を卒業した。

 

僕は都内の4年制大学に入学し、軽音サークルに入った。

 

ユリは保育士と幼稚園教諭の資格を取るため、都内の短大に入った。

 

僕はユリを大学の軽音サークルに誘い、今回は「僕の彼女」とユリを紹介して、サークルの部長からユリの入部許可をもらった。軽音サークルのメンバーは、僕とユリを含めて10人。ギター2人、ベース2人、ドラム2人、キーボード2人、パーカッション2人、誰が抜けても大丈夫な状態で、気楽に音楽を楽しむサークルだった。

 

その頃、僕はジョンレノンを、ユリはバッハをよく弾いていた。ユリの弾くピアノには独特のチカラがあった。聴く人の心をピタリと止めてしまう、睡眠導入薬のようなチカラだ。ユリがピアノを弾くと、何故か周囲の音が消え去り、静寂な雰囲気が醸し出される。そんなチカラをユリは持っていた。

 

僕たちのサークルは、毎週のように小さなバーでミニコンサートを開いた。大学から歩いて5分ほど。商店街の一角にある35席程度の小さなバーだったが、その35席は仕事帰りのサラリーマンで、ほぼ毎日満席だった。

 

ボクたちはそのバーで、ビートルズ、ローリングストーンズ、ビリージョエル等、60年代~80年代のロックや、アリス、オフコース、ユーミン等のニューミュージックを演奏した。35歳~50歳くらいの男性客が多かったからだ。

 

そのミニコンサートの中盤に静かな時間を作ることが、僕たちの定番になっていた。その時間、メンバーたちは控え室へ行き、着替え、水分補給し、後半の打ち合わせを行った。その日の客層に合わせ、後半の曲を変更することもしばしばだった。

 

その間ステージを担当したのがユリだった。ユリはユーミンや小田和正の曲を、2曲ほど一人で弾き語った。当時、ユリは目立つことを嫌っていた。まして「ピアノ伴奏だけでなく一人で歌も歌うなんて恥ずかしすぎる。」と言ってその役回りを渋ったが、「お客さんが真剣に観ていない時間、みんなが打ち合わせするための場つなぎなら仕方ないね。」と言って、「スポットライトは照らさず、ほぼ真っ暗な状態にする」という条件で、ユリはその時間を一人で受け持つことを承諾した。

 

しかし、僕たちの演奏を聴いてくれる2割以上のお客さんは、ユリの弾き語りが一番好きだと言っていた。「あの娘の、弾き語りが一番いいんだよなぁ。何だか、煩わしい思いが消え去るんだ。あの娘の歌を聴くと、雑多な思いから解放されるんだよ。」と。

 

本当の自分に出会う

 

つづく