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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
結果、気持ちが不安定になり、家族関係が悪化し、アルコールや安定剤に頼るようになる。
そんなある日、ウェイトレスのコトハに出会う。
コトハは言う。
「人には快楽が必要」「そうじゃないと欲求不満がたまる」「セクシャルな刺激を求めることは、生まれながらの自然な欲求」「もっと、情熱的に、激しく、刺激的に、本気の愛を貫かれる方が良いんじゃないでしょうか?」「毎日、彼氏と一緒にいてセクシャルな欲求を満たせれば、それで悔いはない?」などと…。
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人を愛するって
コトハはゆっくり、小さな声で言う。
「でもね。
『彼の満足のため』は本気の恋愛じゃない。
『彼の役に立つ』も本気の恋愛じゃない。
彼のためにすることは本気の恋愛じゃないの。」
「えっ?」
花子は、コトハに聞き返す。
「彼のためにすることは、本気の愛じゃない?それって、どういうこと?
人を愛するって、相手のために何かをすることでしょ?」
コトハは、相変わらず、冷静に、1秒間に5文字程度のゆっくりとしたスピードで話す。
「そうでしょうか?
たとえば?」
「例えばって?
そりゃあ、お料理を作ってあげるとかぁ、お掃除してあげるとかぁ、話を聞いてあげるとかぁ、彼の健康を気遣ってあげるとかぁ…。」
「はい。
それが、愛情表現であることに間違いはないです。
でも、それが本当の恋愛かどうかというと、やっぱり、それは違うと言うか…。
やっぱり、彼のためにやることは、本気の恋愛ではないというか…。」
愛情表現と本気の恋愛
花子には、コトハの言っている意味が理解できない。
そして、再度、コトハに問う。
「愛情の表現は、本気の恋愛とは違うって?
どういうこと?」
「はい。
やっぱり、彼のためにやることは、欲求だとか、情熱だとか、そういう類いのものであって、本気の恋愛とは違うはずです。」
花子は、「やっぱり、こんな高校生みたいな若い娘(こ)には、私の悩みは理解できないか…。」と心の中でため息をつきながら、コトハに聞こえないくらいのボリューム(音量)で、独り言を言う。
「あたなの言ってること分からない。
というか、あなたに、私の悩みが分かるわけない…。」
何かのメリットのため?
しかし、そんな花子の独り言をよそに、コトハは続ける。
「ちなみに、花子さんは、彼氏のご飯を作ってあげたり、お掃除してあげたり、話を聞いてあげたり、健康を気遣ってあげたり、されたのですか?」
「そうね〜。
まあ、そんな感じだけど。」
花子は半分心を閉ざし、イヤそうに答える。
「もしかして、それは、そうすることで、彼からお金がもらえるとか、花子さんに何かメリットがあるから、そうなさったんですか?」
「そんなことないわよ。
何となく、放っとけなかったからよ…。」
「ということは、つまり、花子さんは、見返りを求めずに、彼のために、なにかをやってあげたいと思われたのですね。」
「まあね。」
花子は、相変わらず、心を閉ざし、「もうそろそろ、この話は終わりにしない?」と言いたげだった。
しかし、コトハは、そんな空気を読まずに続ける。
「それは、彼がどんな姿だったからですか?」
「彼がどんな姿だったかって?
うーん…。
なんかぁ。
落ち込んでて。
人と話そうとしないし。
話したら、自分はダメだみたいなことを言うし、自信を失ってる感じで。
なんか、まあ、この人、励ましてあげなきゃ、みたいな…。」
欲求不満
すると、コトハは、声のトーンを少し上げて、楽しそうな声で言った。
「やっぱりぃ!
そうですよねぇ。
だから、やっぱり、花子さんは、欲求不満だったんですよ!」
「はあ!?」
さすがの花子も、今回は、
「冗談も、ホドホドにしてよ!
もう堪忍袋の緒が切れたわ!
この話は、これで終わり!」
と言わんばかりに、コトハの目を見た。
しかし、コトハの目には力があった。
目が笑っていない。
威圧感がある。
さっきまでは、子猫の肉球のような柔らかい眼差(まなざ)しをしていたのに、今のコトハの眼球は、馬の蹄(ひずめ)のように硬そうだった。
花子は、そのチカラに押され、「もう、いい加減にして!」という言葉を喉の奥で止め、呑み込んだ。
コトハは、目力(めぢから)で花子を押さえつけながら、さらに続ける。
「はい。
花子さんは、本気で人を愛したかったの。
だけど、できていなかった。
だから、欲求不満がたまっていた。
でも、その欲求不満を晴らす対象が現れた。
それが彼。
だから、恋愛ではない。
花子さんは、本気の恋愛をしたんじゃない。
花子さんは、本気で人を愛したの。
本気で人を愛せていない欲求不満を彼にぶつけたの。
つまり、花子さんは、彼が好きなんじゃない。
花子さんは、彼が好きなんじゃなくて、落ち込んでいる人を元気づけるのが好きなの。
花子さんは、そんな情熱や欲求を心の中に溜(た)め込んでいた。
そして、その欲求を満たすためなら、『自分を犠牲にしても構わない。自分は損をしても良い』というくらいに、花子さんの気持ちは強くなっていた…。
でも、それは、人を愛したかったのであって、本気の恋愛とは違うものなの。」
太郎くんが好きなんじゃなかった?
その時、3メートルほど遠くの方から、中年男性の声がした。
「コトちゃーん!
コーヒー、おかわり良いかな?」
「はあい!」とコトハは、優しく切れのある声で返事した。
が、花子が3メートル先の、その声の主から、テーブルに視線を戻した時には、もう、すでにコトハの姿は無い。
「あれ?
コトちゃん、また、消えちゃった…」
1人になった花子は、ゆっくりと、タピオカ豆乳ラテのストローに口をつける。
凍ったように冷たいタピオカと、少し渋めの豆乳ラテが、プクプクと小さな音を立てながら、口の中に入ってくる。
花子の唇と舌と喉とが冷たくなった。
と同時に冷静さを取り戻した花子は、1秒間に5文字程度のゆっくりとしたスピードで、コトハの言葉を繰り返す。
「わたし、欲求不満だった?
わたし、本気で人を愛したかった?
わたし、太郎くんが好きなんじゃなかった?
落ち込んでいる人を元気づけるのが好きだった?
わたしは、そうすることが好きだった?
わたしは、そのためなら、自分を犠牲にしても構わないと思うくらいになるまで、欲求と情熱を溜め込んでいた?」
2回、3回、花子はボソボソと繰り返す。
また、次回に続けますね。
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