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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
そして気持ちが不安定になり家族関係も悪化し、アルコールや安定剤に頼ってしまう。
そんなある日、ロトールという喫茶店に入り、ウェイトレスのコトハに出会う。
コトハは言う。
「ご主人さんが、ハナコさんの炊き出しボランティアを守ってくれなかったことは、花子さんを不倫させてしまうことと同じこと」
「もし、これからもハナコさんを孤独にさせて、不倫に陥(おとしい)れるくらいなら、離婚して、他の誰かにハナコさんを守ってもらったほうが、ハナコさんにとってシアワセ」など。
花子が帰宅すると、娘のサクラが食事を作っていた。サクラは花子に言う。
「炊き出しのボランティア? 良いと思うよ。
偽善とか、同情とか、憐れみとかじゃなくて、自分もホームレスの人から何かお恵みをいただいているって思ってやれば、ホームレスの人の存在価値を認められることになるから」
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自分ではない誰か
「ただいまぁ〜」
息子のハツオが帰ってきた。
「おかえりぃ」
花子は神妙な面持(おもも)ちで、ハツオに声をかける。
「昨日はごめんね。お母さんが、悪かったわ」
しかし、花子は不思議な感じがした。
自分ではない誰かが、ハツオに謝っているような感覚を覚えたからだ。
花子は、さらに続ける。
「なんだか、ホントにごめんなさい。
自分でも気づいてない、疲れとかストレスとかが、溜まっちゃってたみたいで…。
それで、ハツオに八つ当たりしちゃったみたい…。そんなの言い訳だと思うんだけど。本当にごめんなさいね。」
なぜ、自分が、こんなに素直に謝れるのか分からなかったが、花子は、スラスラとハツオに謝っていた。
今までの花子なら、オドオドしながら、無理にでもスマイル0円の笑顔を作っただろうに、そんな仕草をすることもなく、冷静に、淡々と、謝っていることが自分でも不思議だった。
ただ、なんとなく、ロトールで出会ったコトハに自分が似ているような気がする。
無表情だが、目の奥にエネルギーが満ちていたコトハ。
ただ、平然と立っているだけだが、何事にも動じないズッシリとしたオーラを放っていたコトハ。
そんなコトハのエネルギーが自分の中にも宿っているような気がした。
一件落着
母親があまりに正直にストレートの直球で謝ってきたので、ハツオも、「なんだか、いつものお母さんと違うような…」と、あっけにとられる。
「えっ?あぁ〜。もう、大丈夫だよ。
オレが、ちゃんと片付けないからだって、ねえちゃんにも言われちゃったし…。
もう過ぎたことだから、しかたないわなぁ〜」
花子は、
「ハツオちゃん、ごめんね。本当、ありがとうぉ〜」と小さな声を出し、ハツオに軽いハグをする。
そこへ、サクラが、口を挟(はさ)む。
「あれぇ〜?ちゃんと片付けてなかったからっていうかぁ〜…
ゲームで遊べない代わりに外に遊びに出かけたら、お気に入りの女の子に出会えちゃったんじゃなかったけぇ〜。
だから、ゲームで遊べなくて逆に良かったんっじゃなかったけぇ〜?」
「えっ?なんで?」
「あんた、大っきい声で友達としゃべってたじゃない?
一緒にボーリングに行って、その子とハイタッチしたとか何とかって…だいたい、あなたたち、はしゃぎ過ぎだし…。」
サクラは、カレールーを砕(くだ)きながら、鍋の中にポトポトと入れ、横目でハツオを見ながら話している。
ハツオは、恥ずかしそうにポリポリ頭を掻きながら笑う。
「聞こえてたんなら、しょうがねえなぁ。まあ、一件落着っつうことで…」
変に素直になっている自分
「ところでさあ。お母さん、また、ホームレスの人のボランティアに行くんだって。あんたも行くでしょ?」
「オレも?」
「昔、外の公園で、御飯とお味噌汁を配ったの覚えてるでしょ?」
「あぁ〜。覚えてるけど。外でご飯食べるのもウマかったなぁ。」
「あんたは、何も手伝わないで、ただ、豚汁を食べてただけだったけどさぁ。
あれはあれで、場を和ませる良い雰囲気を、出してくれてたから、参加だけしてもらえれば、それで良いし…。
また、お気に入りの女の子に会えるかもしれないしねぇ…」
「じゃあ、行くしかねえなぁ…」
ハツオも、自分がヘン(変)に素直になっていることに、妙な違和感を感じるが、気持ちはスッキリしている。
諦めたら、そこで試合終了
ところが、花子は、目の前で行われている言葉のキャッチボールを遮(さえぎ)って言う。
「いやいや。だめよ。また、おじいちゃんとおばあちゃんに迷惑かけちゃうから。」
ハツオが答える。
「そんなの関係ねえよ。夢や目標があるなら諦めずにやる。諦めたら、そこで試合終了だろ!」
「試合終了?」と花子が聞き返す。
「あんたは、漫画の読み過ぎ!
だけど、たまには、良いこと言うんじゃない?
そうそう。諦めたら、その時が『試合終了』よ、お母さん!」
娘のサクラも、無表情だが、目の奥にエネルギーが満ちている。
ただ、平然と立っているだけだが、何事にも動じないズッシリとしたエネルギーが、サクラにも宿っているようだ。
香辛料の香り
カレーの匂いが、ダイニングに充満してきた。
きつめの香辛料の香りが、過去の苦悩を忘れさせてくれている。
「ありがとう。じゃあ、もう一回だけ、やってみようか?それで、それがお母さんの夢かどうか確かめてみようかな?」
「じゃあ、決まりっ!
ちょうど、カレーもできたことだし、ハツオの言うとおり一件落着だわっ」
と笑う。
わざとらしくて、照れくさかった。
でも、とても気持ちの良い時間だった。
また、次回に続けますね。
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