花子の不倫(18)諦めたらそこで試合終了

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《 前回までのあらすじ 》
花子は不倫してしまう。
そして気持ちが不安定になり家族関係も悪化し、アルコールや安定剤に頼ってしまう。
そんなある日、ロトールという喫茶店に入り、ウェイトレスのコトハに出会う。

コトハは言う。
「ご主人さんが、ハナコさんの炊き出しボランティアを守ってくれなかったことは、花子さんを不倫させてしまうことと同じこと」
「もし、これからもハナコさんを孤独にさせて、不倫に陥(おとしい)れるくらいなら、離婚して、他の誰かにハナコさんを守ってもらったほうが、ハナコさんにとってシアワセ」など。

花子が帰宅すると、娘のサクラが食事を作っていた。サクラは花子に言う。
「炊き出しのボランティア? 良いと思うよ。
偽善とか、同情とか、憐れみとかじゃなくて、自分もホームレスの人から何かお恵みをいただいているって思ってやれば、ホームレスの人の存在価値を認められることになるから」
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自分ではない誰か

 

「ただいまぁ〜」

息子のハツオが帰ってきた。

 

「おかえりぃ」

花子は神妙な面持(おもも)ちで、ハツオに声をかける。

 

「昨日はごめんね。お母さんが、悪かったわ」

しかし、花子は不思議な感じがした。

自分ではない誰かが、ハツオに謝っているような感覚を覚えたからだ。

 

花子は、さらに続ける。

「なんだか、ホントにごめんなさい。

自分でも気づいてない、疲れとかストレスとかが、溜まっちゃってたみたいで…。

それで、ハツオに八つ当たりしちゃったみたい…。そんなの言い訳だと思うんだけど。本当にごめんなさいね。」

 

なぜ、自分が、こんなに素直に謝れるのか分からなかったが、花子は、スラスラとハツオに謝っていた。

今までの花子なら、オドオドしながら、無理にでもスマイル0円の笑顔を作っただろうに、そんな仕草をすることもなく、冷静に、淡々と、謝っていることが自分でも不思議だった。

 

ただ、なんとなく、ロトールで出会ったコトハに自分が似ているような気がする。

無表情だが、目の奥にエネルギーが満ちていたコトハ。

ただ、平然と立っているだけだが、何事にも動じないズッシリとしたオーラを放っていたコトハ。

そんなコトハのエネルギーが自分の中にも宿っているような気がした。

 

一件落着

 

母親があまりに正直にストレートの直球で謝ってきたので、ハツオも、「なんだか、いつものお母さんと違うような…」と、あっけにとられる。

「えっ?あぁ〜。もう、大丈夫だよ。

オレが、ちゃんと片付けないからだって、ねえちゃんにも言われちゃったし…。

もう過ぎたことだから、しかたないわなぁ〜」

 

花子は、

「ハツオちゃん、ごめんね。本当、ありがとうぉ〜」と小さな声を出し、ハツオに軽いハグをする。

 

そこへ、サクラが、口を挟(はさ)む。

「あれぇ〜?ちゃんと片付けてなかったからっていうかぁ〜…

ゲームで遊べない代わりに外に遊びに出かけたら、お気に入りの女の子に出会えちゃったんじゃなかったけぇ〜。

だから、ゲームで遊べなくて逆に良かったんっじゃなかったけぇ〜?」

 

「えっ?なんで?」

 

「あんた、大っきい声で友達としゃべってたじゃない?

一緒にボーリングに行って、その子とハイタッチしたとか何とかって…だいたい、あなたたち、はしゃぎ過ぎだし…。」

 

サクラは、カレールーを砕(くだ)きながら、鍋の中にポトポトと入れ、横目でハツオを見ながら話している。

 

ハツオは、恥ずかしそうにポリポリ頭を掻きながら笑う。

「聞こえてたんなら、しょうがねえなぁ。まあ、一件落着っつうことで…」

 

変に素直になっている自分

 

「ところでさあ。お母さん、また、ホームレスの人のボランティアに行くんだって。あんたも行くでしょ?」

「オレも?」

「昔、外の公園で、御飯とお味噌汁を配ったの覚えてるでしょ?」

「あぁ〜。覚えてるけど。外でご飯食べるのもウマかったなぁ。」

「あんたは、何も手伝わないで、ただ、豚汁を食べてただけだったけどさぁ。

あれはあれで、場を和ませる良い雰囲気を、出してくれてたから、参加だけしてもらえれば、それで良いし…。

また、お気に入りの女の子に会えるかもしれないしねぇ…」

「じゃあ、行くしかねえなぁ…」

 

ハツオも、自分がヘン(変)に素直になっていることに、妙な違和感を感じるが、気持ちはスッキリしている。

 

諦めたら、そこで試合終了

 

ところが、花子は、目の前で行われている言葉のキャッチボールを遮(さえぎ)って言う。

「いやいや。だめよ。また、おじいちゃんとおばあちゃんに迷惑かけちゃうから。」

 

ハツオが答える。

「そんなの関係ねえよ。夢や目標があるなら諦めずにやる。諦めたら、そこで試合終了だろ!」

 

「試合終了?」と花子が聞き返す。

 

「あんたは、漫画の読み過ぎ!

だけど、たまには、良いこと言うんじゃない?

そうそう。諦めたら、その時が『試合終了』よ、お母さん!」

 

娘のサクラも、無表情だが、目の奥にエネルギーが満ちている。

ただ、平然と立っているだけだが、何事にも動じないズッシリとしたエネルギーが、サクラにも宿っているようだ。

 

香辛料の香り

 

カレーの匂いが、ダイニングに充満してきた。

きつめの香辛料の香りが、過去の苦悩を忘れさせてくれている。

 

「ありがとう。じゃあ、もう一回だけ、やってみようか?それで、それがお母さんの夢かどうか確かめてみようかな?」

 

「じゃあ、決まりっ!

ちょうど、カレーもできたことだし、ハツオの言うとおり一件落着だわっ」

と笑う。

 

わざとらしくて、照れくさかった。

でも、とても気持ちの良い時間だった。

 

 

また、次回に続けますね。

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